2008年09月01日

【列車】ムーンライトながら廃止を検討

今春、寝台急行「銀河」が消えた東海道本線。来春は快速「ムーンライトながら」が消えようとしています。
夜行バスや新幹線に押されて乗客が減る傾向にあるのが廃止の理由だそうな。特に込まない時期であるなら夜行客はバスでまかないきれる程度の数でしかないのでしょう。夜汽車の旅は近いうちに昔話になってしまいます。
以下に朝日新聞の記事を抄録。

夜行「ムーンライトながら」臨時化へ 18きっぷで人気
2008年9月1日3時0分


東京―大垣駅間を結び、かつて「大垣夜行」と呼ばれた夜行快速「ムーンライトながら」の毎夜運行が今年度末で終わる可能性が強まっている。JR東日本とJR東海が取りやめの方向で検討しているからだ。鉄道ファンから旅の手段として重宝がられている人気列車。乗客が多い時期の臨時列車だけはかろうじて残りそうだ。
新幹線や飛行機、深夜バスに押され、ブルートレインなどの長距離夜行列車が次々に姿を消している。JR関係者によると、「ながら」が毎夜走らなくなるのも同じ理由という。
JRによると、「ながら」の前身は、東京―大阪間を結んでいた夜行普通列車らしい。これが68年10月のダイヤ改定で廃止される方向になると、存続を望む声がわき起こり、当時の石田礼助国鉄総裁の決断で、東京から美濃赤坂に至る下り列車と大垣から東京に行く上り列車が残った。翌年10月のダイヤ改定で下り列車の終着駅は大垣に変更され、その後、正式な名前のない列車が「大垣夜行」と呼ばれるようになったとみられる。
JR全線の普通列車が一日中乗り放題になる「青春18きっぷ」と相性がいいのが「売り」だった。鉄道ファンや貧乏学生たちは日付が変わって最初に止まる駅まで近距離切符で乗り、その後は青春18きっぷのメリットを最大限に生かす旅が満喫できた。
例えば東京駅発車が午後11時40分ごろだった頃、東京から出発する時は、横浜までの440〜450円の近距離切符と、1枚2260〜2300円の青春18きっぷがあればよかった。
96年3月のダイヤ改定で快速に。同時に「ムーンライトながら」と命名され、長良川の鵜飼いを図案化したヘッドマークが登場。ただ、一部区間で指定席が導入され、その分の料金がかかるようになったのはファンに不評だった。さらに、07年3月に東京駅発車が30分早まったため、近距離切符は小田原までの1450円分が必要になった。
今年度末に予定されているダイヤ改定で毎夜運行が終わっても、盆や正月など乗客が多い時期だけ運行されている臨時列車は残る方向という。(鈴木剛志)

(記事出典)▼朝日新聞:夜行「ムーンライトながら」臨時化へ 18きっぷで人気

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2008年05月02日

【大阪】おおさか東線(久宝寺〜放出)

おおさか東線

今年3/15に部分開業したおおさか東線の久宝寺〜放出間(9.2km)に乗ってきました。

久宝寺14時53分発の2471S列車に乗ります。関西本線に沿ってしばらく走ると徐々に高架となり右へ進路を変え、右手に生駒山系を眺めながら放出を目指します。発車時点では乗客の数はさほどではなく、次の新加美でも乗ってきたのはわずか2〜3人でしたがその次のJR長瀬から乗客が増え始めました。
沿線は密集した住宅と町工場的な風景が続き、東大阪が中小企業の都市であることがよく分かります。
途中ほとんどの駅で近鉄や地下鉄と連絡しています。JR俊徳道では近鉄大阪線、JR河内永和で近鉄奈良線、高井田中央は地下鉄中央線と地元の方々や沿線企業に用事がある向きには使い勝手が良い路線といえます。新大阪駅とつながって新幹線連絡の乗客をそのまま運べるようになれば沿線地域活性化にきっとつながるでしょう。
貨物線という本来の役目を活かして荷物電車を走らせ、沿線企業様の利便性向上を図ればもっと盛り上がる可能性あり・・・?将来の全通後が楽しみな路線です。

(写真は久宝寺駅奈良方の待機線で2471Sの始業を待つ201系放出行き普通電車<クハ201−139以下6連>)

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2008年05月01日

【大阪】大阪モノレール国際文化公園都市線(阪大病院前〜彩都西)

彩都西駅にて

彩都線に乗り直してきました。昨年3/19に阪大病院前から彩都西までの4.2kmが延伸されていたのですが、乗車はのびのびになっていました。
朝の通勤時間帯に乗りましたので込むかと思いましたが、意外にまったり乗れてしまいました。終点の彩都西駅周辺はまだ宅地開発中のところも多く見受けられました。バイオ研究都市を目指しながら大企業の誘致に失敗してしまい、この彩都という街のあり方に議論が起こっていたりします。付近に予定されている第二名神高速道路が仮に開通すれば少しは風向きが変わるかしら。
陸の孤島とか陰口を叩かれたりもしているようですが、見た目には生活する街としては悪いところではない感じです。ただし車がないとしんどいでしょう。しかしそれはどこのニュータウンにも言えることです。
彩都西駅ではいったん折り返し線に入って再度発車します。モノレール独特のポイント切り替えが俯瞰で見られる楽しい駅です。

投稿者 うえの : 08:39 | コメント (0) | トラックバック

2008年03月08日

【兵庫】惜別三木鉄道

三木鉄道@厄神駅

3月31日をもって廃止となる三木鉄道に乗ってきました。

同行者は遠路遥々横浜から来訪のご主人(仮名)です。
神戸電鉄乗り潰しを兼ねて、廃止予定の三木鉄道と、まだまだ活躍が期待される北条鉄道を一気に乗ってしまいます。いずれの路線もわしは完乗しているとはいえそれははるか昔のこと。記憶が定かではないこともあって乗り直すべくお付き合いさせて頂きました。

3月31日をもって廃止となる三木鉄道に乗ってきました。
神戸電鉄三木駅を降り、徒歩にて三木鉄道三木駅へ向かいます。着いてみれば駅構内は鉄道グッズなどを販売する露店が出るなど賑やかです。以前、夏の盛りに訪問した時はせみの鳴き声だけが響く静かな駅でした。

三木駅舎

駅舎は国鉄時代からの歴史をそのままに伝えています。現代の小奇麗ではあるが無機質な駅舎なんかより造った人の手の温かみを遥かに感じます。廃止後、この駅舎はどうなるのでしょう。取り壊すには惜しい建物です。

三木駅入場券

駅は開放状態になっていて、みなさん構内に勝手に入って気動車の写真などを撮っています。入場券をきちんと売ればそれなりの収入になろうかと思います。廃止を目前にしたサーヴィスでしょうか。窓口で入場券を発売してくれますが日付も入挟もなし。コレクターさんには有難いのかしら。しかし日付くらいはあった方が良さそうなものです。
11時37分発。124列車はゆっくり動き出しました。乗り場では何人もの人がカメラを構えて撮影しています。沿線各駅にもカメラを持つ人が立っていますが、数が少ないので混乱はなし。住宅が点在する田んぼの中をのんびり走って11時50分、厄神着。
気動車、ミキ300−105を背景に親子連れらが記念撮影。狭いここの乗り場が一番混雑していたように思います。
厄神から加古川線に乗り換えて粟生から北条鉄道に乗ることにします。

往復記念乗車券

最後に、この日使った記念乗車券です。入挟はなく、印が押されます。(三木)という印影なので、三木鉄道に乗りましたという証明でしょう。下車印なら厄神とあるはず・・・。
なお復路は使用していません。その運賃分はご苦労様の気持ちということで・・・。
長い間、ありがとうございました。

投稿者 うえの : 11:54 | コメント (0) | トラックバック

2008年01月19日

【大阪】JR難波駅

JR難波駅

関西本線湊町駅が地下化され、駅名もお手軽なJR難波駅に変わってからどれだけ年月が経ったでしょう。
思えば地下化されてから、つまり新線になってからは乗っていなかったのではないか。まめに乗車記録を書かないので記憶がおぼろとなればもはや乗ったかどうか分からない。そんなわけで乗り直してきました。
湊町駅の地上時代はこのような区画にまだこれだけ広い空間が残っていたのかと感激するほどの貫禄がありました。地下になってもそれなりの乗り場本数は確保されていますが、暗い雰囲気は否めません。同じ難波駅でも近鉄や市営地下鉄とは大違い。端的に言うと人がいない。
これから発展が見込めるかどうか。駅の上ではなにやら大きいビル建設の最中です。暗い地下駅から外へ出ても建物に囲まれていて空が狭く圧迫感は満点です。ちょっと歩けばそこは連れ込みホテル街というのも大阪らしいといえば大阪らしいですが毎日利用したい駅ではないです。

投稿者 うえの : 15:15 | コメント (0) | トラックバック

2007年05月09日

【広島】急行みよし号が快速格下げ

この7月1日のダイヤ改正で広島県内の芸備線を走る急行みよし号が快速化されるということです。
最後まで残ったキハ58系を使用する昼行の急行気動車です。乗れるのは6月30日までで、快速格下げを前に6月1日から全みよし号にヘッドマークをつけて運転するそうです。運転最終日の6月30日にはセレモニーが行なわれます。
詳細は西日本旅客鉄道発表のニュースをご覧下さい。

投稿者 うえの : 21:45 | コメント (0) | トラックバック

2007年03月17日

【18きっぷ】直流化後の敦賀へ

旅仲間と共に敦賀方面へ出かけました。昨年の秋に北陸本線敦賀以南の交流区間が直流化されて以来、初めての訪問です。
まずは国鉄色の113系に乗って京都駅から湖西線経由で北上します。11:56発の堅田行き2826Mは強風のために約2分遅れて発車しました。8両もつないでいるせいか車内は空いていて余裕で弁当を広げることが出来ました。旅仲間と食べる弁当は美味しい。各駅停車でのんびり進みながら食べるのはちょっとした贅沢です。ちょうど食べ終わる頃に終点の堅田に到着しました。後続の列車に乗り換える間に貴重となりつつある国鉄色113系を撮影しますが、列車が遅れるだけあって風が強い上に寒い。適当に切り上げて風が当たらないところに引き上げます。
15分ほど待って8両編成の223系近江今津行きに乗り換えます。走り始めても強風で速度が上がりません。急ぐ旅ではなし。近江舞子付近では琵琶湖の向こうにくっきり見える賤ヶ岳や伊吹山などの雪山をゆっくり楽しむことができました。

いくらか遅れて到着した近江今津駅で途中下車します。冷たい風の中、駅の周りを散策してみました。
駅前の商店街は人気(ひとけ)がなく、虚しくBGMだけが流れています。営業中の店舗を覗いてみてもお客さんはいませんでした。
駅から少し離れたローソンで飲み物などを仕入れます。そばに怪獣を配し何本も三色ねじり棒を組み合わせた賑々しい床屋があるほかは酒屋さんがある程度でやはり寂しい雰囲気でした。
13:45発の敦賀行きは編成を分割して4両となります。車内の座席はほぼ埋まっています。直流化以前はこれほど込むことはありませんでした。直流化されてから日中は毎時1本が永原以遠へ行くことになり、用務客が確実に増えていると言えます。途中、観光地のマキノ駅と北陸本線に接続する近江塩津駅で下車客が目立ったほかは敦賀までほとんどのお客さんが乗り通しました。
敦賀駅では乗車を待つ人が群れをなして待っています。扉が開くとどっと乗り込んできました。降りる人が先だろうと内心不快に思いつつも焦って乗らないと座れないのですから人を押しのけてでもという気になるのは分からないでもありません。が、これでは五輪開催を控え北京でやっているマナー向上運動のことは笑えませんな。
つづく・・・

投稿者 うえの : 19:00 | コメント (2) | トラックバック

【18きっぷ】419系との再会

敦賀駅から普通電車に乗り換えてさらに先へ進みます。
電車は419系という、国鉄時代は寝台特急として使われていたものを改造した編成です。三段寝台を収める車体は屋根が高く、大柄な車体は重厚感にあふれています。その形状と白い車体色から俗に食パン電車と呼ばれています。
車内は旅客用寝台として設計されたため、立ち客が増える通勤・通学時間帯には向かない狭いしつらえになっています。立って乗るにはきつい車両ですがベッド兼用の座席は幅がおよそ1m強あり、ゆったり座って旅を楽しめます。中段の寝台を支持するための分厚く頑丈な座席は向かい合わせ4人がけのボックス席ですが広さには余裕があり、他の近郊電車みたいな窮屈さは感じません。ただ窓は水垢がこびりついて大変汚らしく、車窓が楽しめないのは残念で仕方ありません。次回乗ることがあれば洗浄用のたわしで擦ってやろうかと思うほど汚れています。
大きく重い電車はモーター音を唸らせ駅間距離が適度に離れている北陸本線を快走します。車齢はおそらく30年を超えているでしょう。細かい部分を見れば相応の経年劣化が見られますが乗り心地に関してはまだまだ行けそうな印象でした。
当初はこのまま福井まで乗って行くつもりでしたが、思うところがありまして手前の武生で下車することとなりました。
つづく・・・

投稿者 うえの : 18:59 | コメント (0) | トラックバック

【18きっぷ】福井鉄道武生新駅

武生新で下車して福井鉄道武生新駅へ向かいます。
今日の訪問を前に福井鉄道では旧式車両のほとんどをほぼ引退させました。その代替として名鉄から譲り受けた車両が走り始めました。廃止となった岐阜市内線などで活躍した車両たちです。
という訳で新天地で走る元・名鉄の車両をいくつか観察してみました。

m770_01.jpg

名鉄からやってきたモ770形。

m880_01.jpg

こちらも名鉄から移籍のモ880形。これはコカ・コーラのラッピング車体となっています。

m200_01.jpg

そしてこれは福井鉄道古参のモ200形です。
昔懐かしい湘南型の正面二枚窓が特徴の福井鉄道オリジナルの車です。
新製年度は昭和35年。

つづく・・・

投稿者 うえの : 18:58 | コメント (0) | トラックバック

2007年02月08日

【切符】春の18きっぷは8000円

国鉄民営化20周年を記念して、今春の青春18きっぷは8000円で発売されます。これは国鉄時代に「青春18のびのびきっぷ」として発売された当初と同じ値段だと思います。
使用に当たっての規則などは通常どおりです。1万円を切る値段だと心理的に購入しやすいと思います。宣伝次第で販売が伸びる商品でしょう。しかしこの切符が売れて長距離客が増えると実質的な収入という面では果たして・・・?
なにはともあれ、乗り鉄やスローな旅好きがちょっと足をのばしたい、そんな方々には嬉しい企画乗車券です。

▼西日本旅客鉄道発表の告知

投稿者 うえの : 23:00 | コメント (2) | トラックバック

2007年01月25日

【九州】58654号機復活宣言

老朽化のため豊肥本線から引退した蒸気機関車、8620形式58654号機が4年後に九州新幹線が全通することもあり、再来年の夏をめどに復活させたいもようです。
九州旅客鉄道の発表によりますと、台枠の新製やボイラー修復などを施した上で平成21年夏に運転開始としたい由。車輌に負担が少ない鹿児島本線熊本〜肥薩線人吉間で運行する予定です。古い車体でなければループ線の走行を期待したいところですが、それは身勝手で過大な夢というものでしょう。大事に使って出来るだけ長い間活躍していただきたいです。

投稿者 うえの : 10:02 | コメント (0) | トラックバック

2007年01月24日

【鳥取】若桜鉄道が一部区間値上げ

朝日新聞オンライン版を見ていると若桜鉄道の話題が載っていました。
若桜鉄道は国鉄若桜線を引き継いで鳥取県内の郡家〜若桜の19.2kmを結ぶローカル線です。地方路線といえば運賃が高いと思いがちですが、この路線は郡家と次の駅、八頭高校前の0.9kmに限っては学生に配慮して初乗り運賃が60円と日本で一番安く設定されています。新聞記事では「日本一安いと鉄道ファンらに知られている」そうです(余談ながら一番運賃が安いのはこれまでずっと北大阪急行の初乗り80円だと思っていました)。
しかし累積赤字が嵩むなどしてこの4月からは100円に値上げせざるを得ないということです。それでも一駅が100円玉一枚で乗れるとは安いです。関西圏で一区間100円で乗れたのは遥か昔のお話です。
以下に朝日新聞オンライン版から当該記事を抄録しておきます。

日本一安い運賃60円を4月から値上げ 鳥取の若桜鉄道
2007年01月24日08時00分

鳥取県の第三セクター「若桜鉄道」は23日、「日本一安い」として鉄道ファンらに知られる八頭高校前―郡家(0.9キロ)の運賃60円を、4月から100円に値上げすると発表した。
通学の生徒が利用しやすいようにと97年、高校前から主要駅の郡家間を100円から60円に値下げ。これまで2度の運賃値上げでも、同区間だけは据え置いてきた。
しかし、累積赤字は1億円を超えて廃線も検討される状況。「やむを得ない措置ですが、サービスの心は日本一でいます」と同鉄道。

投稿者 うえの : 17:31 | コメント (0) | トラックバック

2007年01月23日

【列車】1月20日のまとめ

1月20日土曜日に乗った大阪市営地下鉄のまとめです。

  1. 第2号線:谷町線 千林大宮〜大日 4.0km
  2. 第5号線:千日前線 南巽〜野田阪神 13.1km
  3. 第7号線:長堀鶴見緑地線 大正〜西長堀 1.0km
  4. 第8号線:今里筋線 井高野〜今里 11.9km

谷町線はこれで未乗区間が平野〜八尾南間の5.1kmに減りました。千日前線は南巽〜鶴橋間が未乗だったと思うのですが記憶が定かではないので全線乗ってみました。長堀鶴見緑地線は横堤〜門真南の2.5kmと西長堀〜京橋の6.9km、計9.4kmが残存区間となりました。その他、堺筋線動物園前〜天下茶屋の1.5kmが未乗。中央線の長田から大阪方は乗ったか乗っていないか記憶がこれまた定かではないため、いずれ乗りなおすつもりにしています。仮に本町〜長田間とすれば8.5kmを残していることになり、都合24.5kmが乗車対象営業キロ数です。総営業キロ数が129.9kmなので約80パーセントが片付いた計算です。
これまで地下鉄は用事で利用するのみでしたから末端区間ばかりが残ってしまっています。

投稿者 うえの : 14:01 | コメント (0) | トラックバック

2007年01月20日

【大阪】市営地下鉄今里筋線

いくら鉄道が好きとはいえ地下鉄は敬遠して乗らないほうです。それでも京阪神三都市の地下鉄のうち、京都市と神戸市は全部乗ってしまい、大阪市営も乗り残しが少なくなってきました。そこで旅仲間と連れ立ってたまには地下鉄でも乗ってみようという話になり、昨年末の12月24日に開業した今里筋線を中心に乗ってみることにしました。
今里筋線は地下鉄第8号線として開業した路線で大阪市北東部の井高野から淀川を潜り、蒲生四丁目からは今里筋に沿って南下し終点の今里までの11.9kmを結びます。車輌は小型の4両編成で駆動方式は鉄輪式リニアモーターです。
北浜から堺筋線に乗り、天神橋筋六丁目から谷町線へと乗り継いで連絡駅の太子橋今市で今里筋線に初乗車です。起点となる井高野まで乗ったあと折り返します。
せっかくなので井高野駅を出てみます。地上へ上がる途中に地下駐輪場の設備があります。土曜日ゆえかあまり止まっていませんでした。外に出ると周辺に見えるのは団地です。駅入り口は路線のイメージカラーである柑子色で縁取られていて少し浮いた印象を受けます。しかし駅であるのはひと目で分かります。わずかではありますが田んぼも残っていて昭和時代の気分に束の間ながら浸れました。
待つほどもなくやってきた折り返しの列車で今里を目指します。この路線は規格統一の面では完璧といってよいでしょう。どの駅も同じ体裁で新幹線の駅を見るようです。もっともそうすることで建設費の節約が出来て好都合なのでしょう。車体断面も小さく抑えてあります。それでも1kmあたり230億円近くかかっています。お客さんは各車輌の座席が埋まる程度には乗ってきます。通勤・通学時間帯にはもっと込むのでしょうか。動きを見ていると大体2駅程度の利用が多いように思いました。
ほとんど変化がない車窓を見るうちに眠くなります。睡魔と闘いつつ20数分で終点の今里に到着しました。新規路線に乗れる嬉しさよりも退屈さに負けた今里筋線でした。
完乗達成後は千日前線で大正区に向かい、市バスに乗り換えて平尾で沖縄そば、ソーキそばを食べて遅い昼食。一緒に軽く飲んだオリオンビールが程よく回って酔い(?)気分です。千歳の渡船を楽しみ、日が沈んで赤提灯が恋しくなる頃、大阪駅のガード下にて一杯ひっかけます。
一人旅も楽しいけれど同好の士と一仕事終えて飲むヱビス麦酒は格別でした。

投稿者 うえの : 23:30 | コメント (0) | トラックバック

2007年01月10日

【列車】1月5日のまとめ

1月5日金曜日のまとめです。

  1. 名古屋鉄道蒲郡線 吉良吉田〜蒲郡 17.6km
  2. 名古屋鉄道豊川線 国府〜豊川稲荷 7.2km
  3. 名古屋鉄道本線 豊橋〜新安城 38.3km

今回でようやく名古屋本線を征服しました。
3000円払って一日乗り放題のきっぷを買いましたが、果たしてモトが取れているのかどうか。怖くて運賃計算をしていません・・・・。

投稿者 うえの : 18:06 | コメント (0) | トラックバック

2007年01月05日

【愛知】名古屋鉄道蒲郡線

新春は名鉄蒲郡線で始まりました。吉良吉田駅から蒲郡駅まで三河湾沿いに17.6kmを結ぶ路線です。
西尾駅10時45分発の蒲郡まで直通する2両編成のワンマンカーで出発です。姿を消しつつある国鉄の113系という近郊電車によく似た顔つきをしています。西尾線は軽便に見えて電車はなかなか軽快に走ります。田畑と温室を車窓に眺めるうちに程なく蒲郡線の起点となる吉良吉田駅に到着しました。駅がある吉良町は忠臣蔵の吉良上野介ゆかりの地で、吉良家菩提寺である華蔵寺は吉良吉田駅の少し手前にある西尾線上横須賀駅が近い。
2分ほど停車した後、左に曲がって蒲郡線に入ります。西尾線と比べてゆっくり走ります。幹線ではあまり聞けなくなった線路の継ぎ目を踏む音が心地よく響きます。それは子守唄のようにも聞こえ瞼がとろんとしてきます。
しばらく続いた田畑の風景が三河鳥羽を過ぎればがらりと変わり、右手に三河湾が広がります。太陽の光が海面に反射して眩しくしばし眠気を忘れます。とりわけ東幡豆のあたりは風光明媚です。蒲郡線沿線は温泉あり、海水浴場あり、潮干狩りも出来る。少し山手に向かえばこどもの国というキャンプも可能な娯楽施設があるなど風景以外にもあれこれ楽しめる路線といえましょう。
適度な速度と綺麗な海の景色を楽しむうちに路線はやがて高架となり左手に東海道本線が寄り添ってくると終着の蒲郡です。数ある名古屋鉄道の中でも、もう一度乗ってみたくなる路線でした。
以下、名鉄豊川線につづく・・・

投稿者 うえの : 19:00 | コメント (0) | トラックバック

【愛知】名古屋鉄道豊川線

蒲郡から東海道本線を挟んで豊橋へ向かいます。豊橋からは再度名鉄に戻り豊川線に乗ってみました。豊川線は国府(こう)駅から豊川稲荷駅を結ぶ7.2kmの単線です。
国府駅で岐阜方面から直通で乗り入れる6両編成の急行電車に乗り換えます。座席は全て埋まり、ちらほら立ち客がいる込み具合です。乗客はほとんどが夫婦や家族連れなので豊川稲荷へ初詣に出かけるものと思われます。
座れなかったので運転席後ろに立って終点まで行きます。国府を出てほんのしばらく本線に沿います。やがて左へ折れると高架の近代的な八幡駅がある一方で時には住宅地の間をかすめるように走ります。ウィキペディアにある『豊川線はその前身は路面電車であり、名鉄に残る唯一の軌道線』という記述が納得出来るこじんまりとした印象です。しばらく前まではお正月には本線から特急も入っていたそうな。豊川稲荷参拝後、麦酒を片手に特別車から見る車窓は違って見えることでしょう。稲荷口駅にあるバネで一方向に常に開いている簡便なポイント設備は作動音がよく聞こえて楽しい。
名鉄は中京地区の大手私鉄という一面的な見方が変わる豊川線の短い旅でした。

投稿者 うえの : 18:50 | コメント (0) | トラックバック

2006年12月24日

【列車】12月22日のまとめ

12月22日金曜日のまとめです。

  1. 大阪高速鉄道国際文化公園都市線 万博記念公園〜阪大病院前 2.6km
  2. 能勢電鉄日生線 山下〜日生中央 2.6km
  3. 北大阪急行電鉄 千里中央〜江坂 5.9km
  4. 泉北高速鉄道 中百舌鳥〜和泉中央 14.3km
  5. 南海電鉄加太線 紀ノ川〜加太 9.6km

乗り残し35kmを片付けるために乗車した他線区の距離は294kmでした。
関西圏では、今後は細切れになっている大阪市営地下鉄千日前線、谷町線、長堀鶴見緑地線と新規開業の今里筋線、神戸新交通魚崎〜住吉が残された課題です。基本的に鋼索線やロープウェイはリストには含めていませんが時間とお金次第でいずれは乗ってみるつもりです。

投稿者 うえの : 07:19 | コメント (0) | トラックバック

2006年12月22日

【大阪】大阪高速鉄道国際文化公園都市線(彩都線)

大阪高速鉄道1000系

大阪高速鉄道国際文化公園都市線故・岡本太郎による「太陽の塔」がよく見える万博記念公園駅から阪大病院前まで2.6kmの枝線です。通勤客で込み合う大阪モノレール線とは違い、医師や看護婦らしき乗客が目立つ車内は適度に空いていました。
列車は万博記念公園の外周をなぞるように走り、5分ほどで終点に着きます。「太陽の塔」の後ろ側もよく見える面白い路線でした。来年3月19日に阪大病院前から彩都西までの4.2kmが延伸開業の予定です。事業予定の図を見ると彩都西からさらに東センター(仮称)まで延びる計画のようです。
能勢電鉄日生線につづく・・・

投稿者 うえの : 23:00 | コメント (0) | トラックバック

【兵庫】能勢電鉄日生線

能勢電鉄1700系

能勢電鉄日生線1700系日生線はさきほど乗った彩都線と同じく2.6kmの枝線です。阪急日生ニュータウンに住んでいなければ利用することはおそらくないでしょう。住民の足としての実用路線です。妙見線との分岐駅山下から数分で終点の日生中央駅に着きます。途中駅はありません。コンクリートに囲まれた飾り気のない駅でした。
走る電車は阪急から譲渡されたものです。阪急と経営が一元化されてから車体色が阪急電車と共通のマルーンとなりました。以前のクリーム色よりは落ち着いて見えます。
泉北高速鉄道につづく・・・

投稿者 うえの : 22:00 | コメント (0) | トラックバック

【大阪】泉北高速鉄道

泉北高速鉄道3000系

泉北高速鉄道3000系泉北高速鉄道は中百舌鳥と和泉中央の14.3kmを結ぶ第三セクターの路線です。運営は大阪府などが出資する大阪府都市開発が行なっています。駅間距離が長く踏み切りもないなど線路条件が良い高規格の路線です。列車はほとんどが南海高野線と直通で運転する準急です。高野線内は新今宮、天下茶屋、堺東に停車し、堺東から中百舌鳥を経由して泉北高速和泉中央まで各駅に停車します。
食わず嫌いで長らく乗るのをためらっていましたが、実際に乗ってみると機能的に街と街を結ぶよく出来た実用路線だと分かりました。その分車窓と車両は面白みには欠けます。さすがに復路は退屈して眠ってしまい、気がついたら天下茶屋を発車するところでした。
日本一運賃が高い。そんな噂が泉北高速鉄道にはつきものですが、調べてみると実際は南海電車の方が高いくらいです。光明池〜和泉中央間で運賃20円が加算されるにせよ、線内相互利用に限れば国内の私鉄水準といってよい値段ではないでしょうか。初乗り160円を基準にして2kmごとに20円ずつ加算される運賃体系です。おそらく南海との乗り継ぎで両社の運賃が別々にかかるために高いと思われているのでしょう。
南海電鉄加太線につづく・・・

投稿者 うえの : 21:00 | コメント (0) | トラックバック

【和歌山】南海加太線

南海加太線紀ノ川駅

紀ノ川駅南海電車は歴史が長い。純民間資本の鉄道として日本最古とされるほど由緒あるものです。それだけに普通電車しか停車しない小駅であっても日本を感じさせるものが散見されます。とりわけ和歌山県内の駅や沿線風景はどことなく味があります。時間さえ許せばゆっくり普通電車で旅をしてみたいです。
本線から加太線へと分岐する紀ノ川駅の駅名標です。あり合わせのフォントを使ってパソコンから打ち出したような文字の駅名標が増える中、こうした毛筆体を見ると心が和みます。

南海加太線2200系

2200系加太線は紀ノ川から加太までの9.6キロを結ぶ単線のローカル線です。2両編成の電車が住宅地と工場の煙突を眺めつつゆっくりと小さな駅を辿って行きます。八幡前駅で上下線の列車が交換します。磯ノ浦駅を出てしばらくすると左手に海が開けます。ゆっくり眺める間もなく海と別れ、薄が揺れる平地を走って終点の加太です。乗り場は千鳥のような配置で駅本屋側に1番線、少し離れて2番線があります。列車は1番線に発着します。段差がある乗り場から改札を抜けて眺める駅舎はやや洋風っぽい造りになっています。まさか開業当初からの姿ではないと思いますがかなり年季が入った姿です。

南海加太線出發反應標識

出發反應標識中松江駅で旧字体の標記を見かけました。他の駅でも歴史の跡がいくつも見つかるかもしれません。
加太には神功皇后の三韓征伐に縁がある淡嶋神社や日本軍用地だった友ヶ島など、鉄道以外の歴史に関しても面白いものが数々残っています。名産は鯛だとか。再訪の価値がありそうです。

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2006年12月05日

【南海】高野線・鋼索線の駅

11/18に乗った南海高野線の主要駅を写真でご紹介します。

橋本駅

南海高野線橋本駅接続駅である和歌山線橋本駅を望んでいます。
駅の近くに煉瓦造りの銭湯らしき建物を見かけました。今度途中下車して探索してみたいです。

高野下駅

南海高野線高野下駅山あいの集落にある駅です。
こじんまりとして味わいある静かな駅です。

極楽橋駅

南海高野線極楽橋駅鋼索線との接続駅、極楽橋駅の改札口です。
あまりに貧弱ですがこれも味のうち・・・?

鋼索線高野山駅

南海鋼索線高野山駅極楽橋とはまるで違う立派な構えの高野山駅です。ここが霊場への玄関口で駅前はバスが何台も行き来できる広さです。駅舎二階には南海電車の歴史が鉄道備品や写真などと共に展示されています。展望が出来る待合室もあって窓の外には錦秋の山の風景が広がっていました。
昭和5年の建造という歴史ある駅舎です。

参考:▼街の駅再発見 高野山駅(大阪日日新聞)

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2006年12月04日

【近鉄】生駒鋼索線

先日乗ってきた車両の紹介です。まずは11/18の生駒鋼索線の各車両からどうぞ。

ミケ(宝山寺線鳥居前駅にて)

生駒鋼索線車両「ミケ」

スイート(山上線宝山寺駅にて)

sweet.jpg

ブル(宝山寺線宝山寺駅にて)

bull.jpg

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2006年12月02日

【兵庫】神戸電鉄三田線・公園都市線

久しぶりの神戸電鉄です。今日は乗り残している公園都市線を楽しもうと思います。横山〜ウッディタウン中央間はわずか5.5kmの路線ですが、それに乗るために神戸からは何度も乗った有馬線で約30kmの山登りをします。
11時46分発の小野行き粟生線準急電車で出発します。どこかかび臭く古い型の電車です。
湊川から鈴蘭台までは準急運転です。50パーミルの急勾配が続くためか3両編成の準急は苦しそうに走り、源平の合戦で名を知られる鵯越などいくつか駅を通過しますが各駅停車でも所要時間はあまり変わらないと思える鈍足ぶりです。が、急ぐ旅ではなし。これも味わいのうちでしょう。険しい路線に沿う住宅地を車窓に眺め、10分ほどで鈴蘭台駅に着きます。構内に車庫を備える2面4線の大きい駅で、ここから粟生線は左、有馬線は右へとYの字型に分かれます。乗ってきた準急は粟生方面行きなので乗り換えます。
曇った空から雨が降ってきました。天気は予報通り下り坂です。次の電車まで駅をぶらついて待っていると再び古い型式の電車がやってきました。4両編成の車両は意外に乗客が乗っており、ちらほら空席が見える程度に座席が埋まっています。生活路線として立派に機能しているのがわかります。
山を行く電車なので景色がよいかと思うとさにあらず。沿線に見える風景は住宅や店舗がほとんどで高速道路の脚もあちこちに見えます。天気の加減で霞がたなびく時に乗ると車窓は面白いのですが、誰しもがその時を狙って乗れるものではなく沿線風景は基本的に単調です。
40分ほど走って終点三田に着きます。駅前に降りてじっくり見たのは20年以上も前になります。並行する福知山線がまだ国鉄だった頃で、のんびりした間隔で古い客車や気動車がゆっくり走っていました。扉を手で開け閉めするぶどう色や青色の客車が健在だった時代です。今は道路に車があふれ、高い建物が増えて喧騒が似合う街になっています。
三田から折り返してウッディタウン中央行きの電車に乗ります。行きは昭和生まれの電車でしたが、こちらは平成生まれの新しい電車で、2000系というらしい。
発車時点はがらがらだった車内は三田線と分岐する横山駅から高校生を大量に拾い、3両編成がほぼ満員になりました。
電車は発車するとポイントを踏み分けて公園都市線へ入ります。すぐに短いトンネルをくぐり、北西へと方向を変えつつしばらく走るとフラワータウンという外来語名の駅に着きます。その次は南ウッディタウン。終点はウッディタウン中央。かろうじて「南」と「中央」という漢字が入っていますが基本的に横文字です。外来語っぽい名称にすれば響きは確かに良さそうですが、その一方で実感が伴わない感じもします。文字の上では花や木にあふれた街であっても実質的にはコンクリートとアスファルトで固められた人工の住宅街と商業スペースです。しかし今は冬。春、夏に訪問すればまた違う印象を受けるかもしれません。
単線の軌道を挟んで両側には一般道路が方向別の上下線で走っています。時速約70km/hで走る電車をぼろい作業用のワゴンでさえ簡単に抜き去っていく。どの車も速度違反は先刻承知で80km/h以上は出しています。都市高速的に使われているらしく、近隣の目的地へは電車より格段に早く着けるでしょう。自動車の方が便利さと移動にかかる時間の面でかなり優位に立っているようです。
南ウッディタウンでまとまった下車があり、終点のウッディタウンへはほぼ回送列車状態で到着しました。
駅を出てみます。住宅街へ通じる道のほかはざっと見渡しても歩いていける範囲内には商店もなさそうです。
同じ電車で折り返し沿線を今一度眺めてみます。
大きい商業施設などは駅から外れたところに建っています。賑やかそうな区画は幹線道路沿いに見えます。綺麗に整備された街なのに、人は全く歩いていない。逆に車は多い。何をするにも自動車の利用が前提になっています。しかしそれも無理はないでしょう。勾配が多い、山の土地を切り開いて街を作ったのだから。
ちょっと買物にでも行こうか。そんな毎日の気軽なお出かけに電車の出る幕はあまりなさそうです。
以下、神戸市営地下鉄につづく・・・

投稿者 うえの : 19:59 | コメント (0) | トラックバック

【兵庫】北神急行北神線/神戸市営地下鉄西神・山手線

神戸電鉄で谷上まで戻って北神急行電鉄北神線に乗り換えます。神戸市営地下鉄と相互乗り入れしていますが経営は線名のとおり北神急行電鉄という別会社で独立した路線です。
谷上駅は沿線では随一といってよい規模を誇り、改札内でファーストフードなどちょっとした食事も出来るようです。ゆっくり駅を探索する暇もなく、すぐの接続です。神戸市営地下鉄から乗り入れている電車が動き出すともう北神トンネルです。六甲の山を7180mの長さで貫くトンネルは私鉄の中では最長クラスといえます。北神急行の営業キロは7.5kmなのでほぼ全てがトンネルという地下鉄路線です。なお第三セクターを私鉄に含めるならば最長は北越急行ほくほく線赤倉トンネルの10472mでしょうか。神戸市営地下鉄の始発駅となる新神戸まで途中駅はなく、延々とトンネルを下っていきます。時間にしておよそ10分で新神戸です。運賃は350円です。ここからは神戸市営地下鉄の運賃が加算されますから、結構高価な乗り物といえます。これだけの距離を掘り抜いたのですから相当の建設費と時間がかかっていることは確かです。頭でそう理解はしても相対的に高い印象は否めません。それでも当初の430円から少し値下げしたのだそうです。
無味乾燥となりがちな地下路線を少しでも楽しく乗ってもらおうという意図からか、トンネル壁面にはところどころに列車と並行して飛ぶカモメらしき鳥や何かわからない赤い模様の電飾が設けられています。車内の人たちはどれほど見ているだろうかと観察してみましたが、寝る、友人とおしゃべりをする、携帯電話の画面を見るなどして誰も見ていないようでした。
新神戸からは神戸市営地下鉄となります。ここから妙法寺までの区間内は友人宅への訪問や観光などで幾度か乗りましたが、そこから先はただ地下鉄という理由だけで敬遠していました。初めて乗る西神中央まではどのような区間なのでしょうか。
やや疲れた体で既乗区間に乗ったこともあり、いつしか眠っていたようです。ふと気づいたら板宿(いたやど)を出るところでした。次が妙法寺なので危ないところでした。板宿駅はその名をもじってか、構内の壁面が木目をプリントしたパネルで覆われています。地下鉄駅にしては珍しい装飾なので一見の価値ありです。
しっかり目をあけて妙法寺を過ぎると電車は明るい空の下に出ます。雲の切れ間から弱いながらも夕陽が見えています。急に視界が開けるような気がしたら名谷駅の構内でした。2面4線の余裕をたっぷり取った駅です。とても地下鉄とは思えない。車両基地があるからだけではなく巨大なニュータウンに住む人たちの通勤・通学需要をこなすにはこれだけの広さが必要なのでしょう。
プロ野球オリックスの本拠地、スカイマークスタジアムがある総合運動公園を過ぎ、西神中央駅に到着。ここも名谷駅と同様大きい造りになっています。反対側の乗り場に北神急行の車両が止まっているのを見つけ、何とか乗れないかと連絡階段を走ってみましたがあとわずかというところで発車してしまいました。
なんだか疲れが出てしまい、改札の外に出ることもせず乗ってきた電車で折り返します。新長田まで行って今度は海岸線に乗ってみましょう。
以下、神戸市営地下鉄海岸線につづく・・・

投稿者 うえの : 19:45 | コメント (0) | トラックバック

【兵庫】神戸市営地下鉄海岸線

海岸線は新長田から三宮・花時計前までの7.9kmを市道高松線を辿るように走ります。開通は2001年7月。まだ新しい路線です。駆動方式は車輪を使って走る接地式(鉄輪式)のリニアモーターです。関西では大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線がすでに同じ方式で開業しています。
時刻表を開くと新長田から1分で海岸線に接続しています。ただし乗り場が隣接していればのはなしです。
新長田で降りると乗り換え通路は西神中央よりの一番端です。中ほどの車両に乗っていたので、その時点でもう無理です。通路も曲がりくねっているうえに少々距離があります。乗り換えには3分ほどかかるでしょう。
待つほどもなく折り返しの小さな電車が入ってきました。建設費を節約するため小型の規格でトンネルが掘られているのです。小さな車体の4両編成は発車時点ですでに席の大半が埋まりました。
ドアが閉まり定刻に走り始めます。出足や走行中のショックは少なく、乗り心地は小型車量であることを考えると悪くはありません。さすが新しいだけに出来栄えは良い感じです。ただ、途中の和田岬、ハーバーランド、旧居留地・大丸前、そして起終点となる三宮・花時計前それぞれの駅で他社線へ乗り換えが可能なのにその案内はなく、アナウンスはテープの音声が停車駅を告げるだけでした。アナウンスを減らして静かな車内を心がけているのか、それとも単に聞き逃していただけなのか。もっとも山陽本線の支線、和田岬線にわざわざ乗り換える人は少ないでしょう。自分が乗り降りする駅の情報をきちんと持っていれば、停車駅の案内だけで充分ではあります。もっとも乗車に関するご注意のアナウンスはなにやら頻繁に流れていたように思います。
14分で終点の三宮・花時計前です。駅名の由来となった花時計はもちろん存在するそうです。駅は市役所の近くにあり繁華街に位置する東海道本線や阪急電車、地下鉄の三ノ宮(三宮)駅からは少々離れています。改札を出るとそこはさんちかという地下街になっており、既存の駅へはウィンドウショッピングなど楽しみながら向かうことができます。
帰路は久しぶりに阪急電車神戸線に乗ってみます。梅田まで先頭車に乗ったら携帯電話電源off車両でした。スイッチを切って過ぎ行く景色を眺めていると岡本、夙川と停車します。岡本は停車するようになってからしばらく経っていると思いますが、夙川にも停車するようになっていたとは。JTBの私鉄時刻表では通過の表記ですが調べてみたところ今年10月28日の改正から停車しているそうです。どうやら東海道本線に出来るさくら夙川新駅に対抗する措置らしい。
西宮北口駅も昔とは見違えるほど大きくなり、神戸線と十字クロスで今津線が走り抜けていた頃の面影はありません。

(了)

(時系列順に上から読めるよう投稿時刻を修正いたしました)

投稿者 うえの : 19:15 | コメント (0) | トラックバック

2006年11月30日

【岐阜】神岡鉄道きょう限り

神岡鉄道おくひだ1号

国鉄神岡線を引き継いで営業を続けていた神岡鉄道が今日をもって廃止となりました。過去に一度だけ乗ったことがあります。猪谷という今にも猪が出そうな山あいの駅を出るとトンネルがいくつも続きます。単行の気動車は座席に飾り物の囲炉裏がしつらえてあり、日常の足とは趣が違うという雰囲気があります。
大きな収入源であった貨物輸送がなくなったことから廃止を余儀なくされてしまったと聞きますが、一方で観光路線としての存続を図る案も浮上しています。以下に引く共同通信配信、中日新聞社の記事によれば三井金属鉱業がまとまった金額を寄付するとのことです。全くの廃止とはならない。そんな希望がまだ残されています。

神岡鉄道廃線で別れ惜しむ
営業最終日に住民やファン

岐阜県飛騨市神岡町と富山市猪谷を結ぶ第三セクター「神岡鉄道」(19.9キロ)が30日、最終営業日を迎えた。奥飛騨温泉口駅には、朝から大勢の市民や鉄道ファンが詰め掛け、“地域の足”との別れを惜しんだ。
1984年に国鉄神岡線を引き継いでスタートしたが、自家用車の普及で利用者が年々減少。コスト削減などの効果も上がらず、赤字が拡大し、昨年8月の株主総会で運行継続の断念が決まった。
廃線後は、筆頭株主である三井金属鉱業が鉄道存続に向けて十数億円を寄付する意向で、地元の飛騨市は観光鉄道としての再利用を目指している。
(共同)
(2006/11/30)

(引用記事は一部略しています。また漢数字をアラビア数字に直しました)

また、同じく中日新聞の30日付け別記事では以下のように記されています。

【飛騨】神岡鉄道ありがとう
駅で住民らセレモニー

30日を最後に廃線を迎える飛騨市神岡町の第三セクター「神岡鉄道」奥飛騨温泉口駅で29日、俳優の関口知宏さんを招いた「ありがとう神岡鉄道 ふれあいセレモニー」が開かれた。神岡小学校の3年生77人が同鉄道について調べた成果を発表し、これまでの運行努力に感謝した。(島崎諭生)

(中略)
最後に児童たちが、おくひだ号の写真を丸く切り抜いて、裏に感謝の手紙を張ったメダルを社員にプレゼント。社員からも、レール文鎮や硬券セットなどを贈った。鹿江政二社長は「みんな感激している。休まず走らせることが、どれだけ大変か分かってくれたと思う。まだ鉄道の未来に向けて検討しており、皆さんのために何とかしてあげたいと思っている」と感謝した。

前回乗ったのは夏でした。次に乗れるとすればぜひとも冬に乗ってみたいです。車窓はきっと素敵な雪景色となっていることでしょう。

投稿者 うえの : 22:04 | コメント (0) | トラックバック

2006年11月18日

【奈良】近鉄けいはんな線

きょうは近鉄けいはんな線と南海高野線に乗ります。けいはんな線は今年の3月27日に開業した新線です。もっと早く乗るつもりが延び延びになっていてようやく機会に恵まれました。長距離の乗車となりますのできっぷはスルッとKANSAI・3Dayチケットを用意しました。
始発の近鉄京都線に乗り、乗換駅の生駒駅まで行きます。東の空が明るくなり始めています。新線は生駒から学研奈良登美ヶ丘までの8.6kmをおよそ10分で結びます。途中駅が二つしかないとはいえ、地下鉄車両としては比較的速い運転です。
この区間が開通するまでは生駒〜長田間が既存路線で、線路名称は東大阪線でした。大阪市営地下鉄中央線と相互乗り入れする関係上、別線扱いなのか近鉄奈良線から改札内で乗り換える際も中間改札を通る必要があります。
空がかなり明るくなった午前6時38分、定刻に大阪市営地下鉄の編成が入線します。早朝の車内はがらがらですが先頭に立ちます。2分停車ののち発車した電車はやや速度を上げ、奈良線東生駒駅の横を左へ逸れて通過すると長いトンネルに入ります。しばらくは胸がすくような直線が伸び、そののちは緩やかな曲線となります。真新しく、見るからに規格が高そうなトンネルであり、その分かなりの建設費がかかっていそうです。
ようやくトンネルを抜けると最初の停車駅、白庭台に停まります。乗る人はほとんどいません。発車すると再びトンネルです。こちらはすぐに走り抜け、丘陵地をしばし走ると学研北生駒駅に到着です。拾う乗客はここでもわずか。いくつかトンネルを抜けて終点の奈良登美ケ丘駅には6時49分の到着でした。
改札を出て駅の北側へ行ってみます。駅前には続々と自家用車が乗りつけ、車から生徒が降りてきます。土曜日とはいえ学校があるのでしょう。
駅前の道から見下ろす位置に国道163号線が走り、あとわずか数キロ東へ行けば京都府に入ります。近鉄京都線の高の原駅と接続するのは難しくない距離ですが簡単に事を運べない事情もあるようです。
折り返しは7時1分のコスモスクエア行きで、来たのと同じ電車です。ただし座席がほどよく埋まるほどには乗客があり、通勤、通学列車の役割をしっかり果たしているのが分かります。駅を辿るに従って乗客が増え、往路は全く込み具合が違う通勤電車本来の車内風景となりました。
以下、近鉄生駒ケーブルに続く・・・

投稿者 うえの : 23:50 | コメント (0) | トラックバック

【奈良】近鉄生駒鋼索線

生駒駅を出て今度は近鉄生駒鋼索線というケーブルカーに乗ります。まずは鳥居前駅から宝山寺駅までの宝山寺線です。営業キロは0.9kmです。
大正7年に開業した日本最古の鋼索線で、2000年までコ1形という国内最古参のケーブル車両が活躍していました。現在は犬と猫を題材にした新型ケーブルカーが導入され、山上遊園地「スカイランドいこま」へ行く子供たちが楽しく乗れる路線となっています。
始発の鳥居前駅は近鉄奈良線生駒駅から駅ビルの遊歩道を通って乗り換えます。早朝という時間帯でもあり、駅内は閑散としていました。発車まで時間がありますがすでに一両停まっています。前面が猫の顔をした「ミケ」という車両です。首には鈴がついた蝶ネクタイを結んでいます。大人が乗るにはやや気恥ずかしさを感じますが遊びに来る幼い子供にとっては面白い車なのだと思います。
山岳路線ゆえか扉は車内保温のために半自動扱いで乗客は開閉ボタンを押して乗降します。
発車時刻が来て若い運転士が乗り込むと乗客がほとんどないままケーブルカーは7時20分定刻に発車しました。駅をゆっくり発車し、そのまま加速するでもなくのんびりと上がっていきます。軌道は複線でゆったりしており、勾配が緩やかであれば中型車でも余裕で走れそうな印象です。沿線に見える風景はすべて住宅地であり、よくぞこのような険しい土地に家を建てたと思います。駐車場の車は全て窓が白く、気温の低さが下界と違うことがわかります。途中駅はなく、わずか5分ていどで中間駅の宝山寺に到着します。
生駒山上まで行くにはここで乗り換えです。が、次の発車まで50分ほども時間があるため生駒聖天寳山寺へお参りします。宝山寺駅は改札があってないようなところで、一昔前に田舎で見られたようなローカル駅みたいな風情があります。どこからともなく汲み取り式の時代を思い出させる便所の臭いも漂ってきます。なお鳥居前〜生駒山上間の乗車券がある場合は宝山寺駅での途中下車が可能です。
参詣路ともなっている駅前には宿屋が並んでいます。残飯にありつけるのか野良猫が矢鱈と多くいます。猫写真を撮ってみたい人には面白い街でしょう。案内板の地図に従って歩き、灯篭がずらりと並ぶ参道を抜けると寳山寺に到着しました。早朝にもかかわらずお寺はお参りの人が多く見えていて活気があります。本堂で手を合わせ紅葉が綺麗な境内を簡単に一回りした後、御朱印を頂きます。日頃はろくにお経も唱えない不信心者ですが、御朱印を頂くときはさすがに神妙な気持ちになります。
駅へ戻って今度は生駒山上までの1.1kmを結ぶ山上線に乗ります。こちらの車両も賑やかに装飾されており、あとで調べてみると「スイート」と名乗る車両のようです。車体上部にラッパを吹く天使が向き合い、下部はピンク地に白い飾りがついています。モチーフはケーキらしい。これも子供が喜びそうな柄なのでしょうか。ここまでされるとよく分かりません。車内にはすでにおっさんやおばさんが乗り込んでいます。この時間から遊園地へ行くとすれば職員の方々なのでしょう。
発車するとしばらくは排水溝のようなトンネルの中を走ります。出だしから味気ない路線と思ったのも束の間、トンネルを出るとちらほら見える紅葉と眼下に広がる雲がたなびく風景に目を瞠りました。梅屋敷、霞ヶ丘と味わいある名前の駅に順に停まり、7分かけて生駒山上に到着します。複線の宝山寺線とは違い、こじんまりとした単線軌道は短い乗車時間ながら旅情がわく面白いものでした。雪景色の中を昇れば紅葉の今よりも美しい車窓が楽しめるのではないでしょうか。
以下、南海高野線に続く・・・

投稿者 うえの : 23:45 | コメント (0) | トラックバック

【和歌山】南海高野線

近鉄生駒から快速急行に乗って難波へ出たあと、南海難波駅で友人2人と合流します。高野山へお参りに行くのです。そして南海高野線で乗り残している北野田以遠を始末するつもりです。高野線は汐見橋−岸里玉出−極楽橋の区間が正式らしく、難波−岸里玉出は南海本線です。しかし実質的には汐見橋と岸里玉出の間は「汐見橋線」と呼ばれる、いわば支線のような扱いで、軌道敷はところによって雑草すら生えているローカル線です。
午前10時2分発の極楽橋行き快速急行に乗って出発です。通勤車両にもかかわらず車端部にボックスシートを備えた電車ですが、さすがに大人が座るには窮屈な寸法です。馬鹿話をしつつもみな視線はさりげなく車窓に注がれています。南海の駅は私鉄ではありながら旅の雰囲気を感じるものが多く、見ていて楽しい。けれども「狭山遊園」という駅が最寄の遊園地閉鎖に伴って「大阪狭山市」駅に変更されたのは少々情けない。隣にはすでに「狭山」駅があるので新駅名がうまく思いつかなかったのかもしれませんがもう少し智恵を絞って欲しいところです。
山を抜け田園を走って林間田園都市駅からは各駅停車となります。平坦路線と山岳路線の境界となる和歌山線との接続駅、橋本駅には10時50分頃に到着。
橋本からは段々と勾配が強くなり、急な曲線も増えてきます。後ろ4両を切り離して短尺4両編成となった電車はゆっくりと足元を確かめるように進んでいきます。歩みがのろいため車窓がゆっくり楽しめます。山を彩る鮮やかな紅葉が楽しく、普通の路線であれば腹が立つような速度が却って嬉しいのは身勝手というべきでしょうか。
高野下で難波行きの快速急行と交換します。静かな山あいの小さい駅です。まわりに住宅が多く地域の根幹となる駅ですが味わい深さでは高野線の中でも一、二を争うと思われます。時代を感じる書体の駅名標、木製のベンチ、構内踏み切りと、好きな人にはたまらない駅でしょう。
終点の極楽橋は鋼索線との乗り換え駅になっています。そのため構内は比較的広いつくりになっています。しかし駅の外へ出て駅舎をみると果たしてこれが本当に駅なのだろうか。首を傾げたくなるほど貧弱な姿をしています。駅から出なければ良かった。
高野線の終着駅にはちょっとがっかりしましたが橋本駅からの沿線風景は特に魅力たっぷりでした。
いつ熊が出てもおかしくない雰囲気の軌道。急曲線で響く車輪の音色。時間さえあれば何度でも乗りたくなるほどの趣があります。他の大手私鉄の路線ではあまり持たない印象です。
以下、南海鋼索線に続く・・・

投稿者 うえの : 23:40 | コメント (0) | トラックバック

【和歌山】南海鋼索線

南海鋼索線、高野山ケーブルに乗り換えます。これまで写真でしか見たことがなかったケーブルカーです。実物を見て圧倒されました。幅が広くて長い。いや、長いというより「高い」と言うべきか。2両編成の車両はそれぞれが10mほどだから合わせて20mです。ふだん見かける電車と寸法上の長さはほとんど変わりません。しかしこの20mが横たわっているのではなく、立ち上がったその姿は圧巻です。車内は満席で立ち客があふれています。定員は260人なので、ちょっとした高さのビルが中で働く会社員らを乗せて移動するようなものです。その巨大さと比べるとさきほど乗った生駒ケーブルが可愛く見えます。先頭に立って前面を展望したければ階段を40段も50段も上がらないとたどり着けない。高野山は修行の霊場ゆえ文明の利器ですら利用するには苦行を要します。
息を切らせて乗り込むとほどなく発車しました。世界遺産に指定されたからでしょうか、独逸語を話す外国人観光客のグループが乗っています。登るにつれて眼下に広がる山の紅葉風景は他ではなかなか見ることが出来ない。美しさに感動してか外国人観光客のおばさんが嬉しそうにカメラに風景を収めています。
ケーブルカーは終点までのおよそ0.8kmを5分ほどかけて登ります。最急勾配は566パーミルをわずかに超え、高低差はおよそ330mあるとされます。景色も車両も勾配も、いずれもが大きいスケールです。
充実した5分の旅を終えて終着高野山駅に到着しました。こちらの駅舎は極楽橋駅とは対照的に寺院を模した立派な建造物です。駅前はバスが何台も待機して賑やかでみやげ物屋もあります。ここが高野山への本当の玄関口という意味なのでしょう。駅の二階には南海電車の歴史が残されています。時代を超えて残る待合室も一見の価値があります。訪問の際にはぜひ覗いてみてください。
南海りんかんバスに乗り換えて奥の院、金剛峰寺へと向かいます。あふれる乗客を運ぶためバスは臨時ダイヤで臨機応変に走っています。時刻表にはないバスの便が多く、フリー切符を持っている人にとってはかなり便利に乗れると思います。
紅葉はほぼ終わりかけとなった高野山内を参拝し、そのまま逆ルートで大阪まで帰ってその夜は少し早めの忘年会です。久しぶりに仲間で飲むビールはうまい。他愛ない話題で盛り上がり時間は瞬く間に過ぎていきます。仲間の一人ゆ爺(仮名)氏は確か昔は飲めなかったはずなのにいつしか酒豪となっている様子。慶賀の至りであります。
3dayチケットはあと2回分残っています。次に乗り残しているのは神戸電鉄や能勢電鉄の枝線、大阪と神戸の地下鉄など。どれにしようかと楽しみではありますが、正直なところ地下鉄にはあまり乗りたくないです。

(了)

(時系列順に上から読めるよう投稿時刻を修正いたしました)

投稿者 うえの : 23:35 | コメント (0) | トラックバック

2006年08月31日

【東海】来夏、東海道区間から500系が引退

いつかは引退の時が来るとは思っていましたが、こんなに早いとは残念です。もっとも山陽区間では走りつづけるので、全く姿が見られなくなる訳ではありません。引退というより登場当時の原点に戻ったというべきか。
穏やかな顔つきの0系から100系、300系と進化して、まさに超特急に相応しい容姿と実力を持って生まれた500系は見ても乗っても楽しい列車のひとつです。
下の読売新聞オンライン版の記事には窓際席の居住性云々とありますが、品川、新横浜とうじゃうじゃ乗ってずらりと立っている乗客の居住性はいかがなのでしょうなどと小言の一つも言いたくなりますな。

読売新聞オンライン版の記事から。

世界最速は居住性不評、500系「東海道」から引退へ


世界最速300キロを誇る東海道・山陽新幹線の500系が、来夏の新型車両N700系の投入を境に東海道区間から引退する。
1997年のデビュー以来、「高速化追求のあまり、居住性を犠牲にした」と批判され続けてきた。今、新幹線には快適性も強く求められ、技術の粋を集めた名車も、時代に逆らえなくなった。
15メートルもある飛行機のような先頭形状、ウナギのようなかつてない斬新な車体が話題になった。97年8月、「世界最速の列車」としてギネスブックに載った。
スマートな先頭の形を維持するため、最前、最後部の乗降扉を犠牲にした。丸い断面の車体は「窓際席で圧迫感を感じる」と、不評を買った。
N700系の車体傾斜システムで可能になる東海道区間の曲線270キロ通過に対応できないのも、引退を強いられる理由の一つだ。
JR西日本は07年度末までにN700系を8編成製造し、順次、9編成保有する500系と交代させる。
JR西日本が用意する「第二の人生」は、「300キロひかり」構想で、8両編成の「ひかりレールスター」並みに短くして使う案が浮上している。
(2006年8月31日14時51分  読売新聞)

以下はわしの寝言です。
山陽区間で「ひかり」運用に就くのであれば、いっそのこと新大阪と小倉または博多の間を無停車で走り切るダイヤを組んでみてはどうでしょう。走る時間帯にもよりますが、もし新大阪と博多をノンストップで走れば1時間55分〜2時間丁度くらいで結べるでしょう。ならば航空機を利用する乗客を奪える可能性が大きいです。あちこちに急行よろしく停車する名ばかりの「のぞみ」が増え、同時に区間急行と化した「東海道ひかり」などとは一味違った「山陽ひかり」として再起して欲しいです。
グリーン車は編成組替えの際に外されるのでしょうか。半室開放席、半室個室という改造でもして1両くらいは残して欲しいところ。「のぞみ」から締め出されているジャパンレールパスジパング倶楽部、フルムーン夫婦グリーンパス、ナイスミディパスなど割引運賃でお得という売り言葉に釣られた乗客救済のためにも。

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2006年08月26日

【滋賀】湖西線〜北陸本線

滋賀県の琵琶湖北側を北陸本線と湖西線が弧を描くように走っています。この二つの幹線は近江塩津駅でつながっています。しかし線路はつながっていても両線は電気方式が直流と交流とに分かれており、直流の湖西線内の駅から交流の北陸本線近江塩津駅を経由して湖北地方の木ノ本や長浜方面へ直通電車を走らせるのは難しい状態でした。このため湖西線と北陸本線の交流部分を直流化して琵琶湖環状線を実現しようとの運動が続けられ、その結果ようやく永原〜近江塩津間(湖西線)と虎姫〜敦賀間(北陸本線)の直流化工事が完了するに至りました。この9月23〜24日の夜間に切替工事が行なわれます。
現在、交流から直流に変わる(またはその逆の)区間では電車が走りながら電流を切り替えています。この区間には電気が流れていないダミーの架線が張ってあり、その架線下で電車の機器を直流または交流仕様に切り替えるわけです。古い電車だと切り替え区間内を走行中は非常灯を除く車内の照明やエアコンは切れてしまい、夜間だと停電したようになります。この切り替え区間は交直セクションまたはデッドセクション(死電区間)と呼ばれ、その区間がこの狭い地域内で二箇所も集中しています。これほどの密度は日本国内では稀です。
うまい具合に日にわずか何本かの電車が湖西線の近江今津から北陸本線の長浜までこれらの区間を跨いで走っていますので一挙に二つの交直セクションを味わうことができます。今日は乗り納めとしてそのうちの一本、近江今津発14:47の電車に乗ってみました。
国鉄の581系という寝台昼行兼用特急電車を近郊用に改造した419系を期待して湖西線を北上しましたが、乗り継いだ近江今津で待っていたのは475系電車でした。419系は寝台車特有の高い丸屋根をそのまま残しているためその断面形状から食パン電車と呼ばれています。長距離を坐臥して過ごすための車ゆえ通勤用としては快適ではない居住性です。しかしながらまったりとした雰囲気は捨てがたい。特急用としては不評を買った向かい合わせのボックス席は登場した昭和40年代の水準で考えると破格のゆったり仕様であったと思います。
475系は元は急行に使われていた車で、普通電車用に格下げとなって車端部は通勤時間帯のことを考えてロングシート化されています。大部分のボックス席はそのまま残り、国鉄時代の汽車旅の姿を今に伝えています。一部の編成は国鉄時代のピンクとクリームのツートンカラーに戻って元気に働いています。419系、475系のどちらも交直両用なのでここでは便利に使われていますが、直流化後は別の系列の電車に役目を譲ることになっています。よって今日は交直セクションの見納めだけでなくこれら国鉄時代の遺産に乗り納めという小旅行にもなります。
この路線にしては少し多いかなという乗客数で近江今津を定刻に発車します。田園風景が広がる中、近江中庄、マキノと停まり、国道161号線を右手に見ながらトンネルを越えると永原駅です。駅を出てしばらくすると右側に琵琶湖が見えのどかな風景が広がります。よく晴れた空の下にぽっかりと浮かぶように見える琵琶湖の姿が小さな入り江の漁村のようで思わず降りて散歩したくなるような雰囲気です。電車はやがて小さな鉄橋を渡り最初の交直セクションに入ります。蛍光灯がぱらぱらと消え、エアコンが止まり、モーターの唸る音がやや小さくなります。ものの十数秒ていどで照明などが復活すると交流区間に入ったことがわかります。電車は徐々に速度を落とし、右側から北陸本線が寄り添ってくると近江塩津駅の構内です。
5分ほど停車して向きを変え、右へ別れ行く高架の湖西線を横目に交流の北陸本線にゆっくりポイントを踏んで分け入ります。
近江塩津を出るとしばらくは山肌を行くトンネル路線で、木々の間を走って平地に下り余呉湖を車窓右手にみると余呉に停車します。余呉を含めて長浜までの各駅は直流化工事に合わせて改修が進み、乗り場は雑然としています。いつぞやまではあった古い駅舎の面影は徐々に消えています。しかしこれら新しくなった駅も時を重ねてやがては良い味を出す日が来るのでしょう。
余呉から虎姫のあたりまでは車窓左手に田園が広がり、東北かどこかで見たような景色となります。遠くに見える伊吹山は山肌が少し削れているようで、この山は疵を隠してくれる雪が積もる冬に眺めるのが一番よいと思います。さすがは元急行用電車だけあってモーターの音も快調に飛ばして行きます。細かい部分を見ればさすがに約30年以上走りつづけた車齢相応の草臥れ具合ながら、さほど乗り心地は悪くなくこのままどこまでも乗っていきたい気分になってきます。
木ノ本あたりからはだんだんと乗客が増え、やはり駅舎や乗り場に手が加えられている高月、河毛と過ぎて虎姫に着きます。虎姫駅はプロ野球セ・リーグの阪神タイガースが優勝したおりには「虎」に因んだ入場券を売り出して好評を得ました。駅を発車すると線路に並行する住宅地を左手に眺めほどなく二つ目の交直セクションです。ここを過ぎると再び直流区間に入ります。二度目はそのままあっさりやり過ごしたという感じで、何のために乗ったのか分からない。間もなく乗り納めなのだから少しくらいは感動してもよさそうなものです。
車窓が雑然としてくるともう終点の長浜駅構内です。長浜駅も改修中です。これまで北陸本線の折り返し便は新快速が発着するのと同一の島式乗り場に新快速と隣り合わせで停まっていましたが、今は乗り場の北側に切り欠きが設けられて3番線となったところに北陸本線緩行が停まります。この位置には跨線橋の階段があり、時間帯によっては橋を渡る乗降客と列車の乗降客がぶつかり合って混雑します。乗り換えに余裕がない場合は要注意です。
長浜には着いたもののとくになにか当てがある訳でなし。商店街や観光に力を入れている黒壁などを適当に徘徊し、ふらりと入った店で不味いラーメンを食べて帰路に就きました。
帰りの新快速では京都までほとんど寝て過ごしました。

投稿者 うえの : 20:21 | コメント (0) | トラックバック

2006年07月22日

【関西】快速などに指定席

読売新聞記事の画像読売新聞大阪版22日付け朝刊の社会面に載っていた記事によりますと、東海道・山陽本線の快速列車などに指定席を連結する可能性について西日本旅客鉄道の社長が触れました。
これは阪急と阪神が統合することをにらんでの措置だそうです。福知山線脱線事故を受けてゆとりダイヤを導入したところなので速度を落とすことは出来ないが高齢者ら着席を必要とする乗客の利便を図るために指定席車両の設置を考えるとのことです。具体的な実施時期やその可能性自体がまだ不確かですが、そうした動きがあるようです。
新快速電車をみると特に京阪神間はかなり込んでいますから、指定席車を連結すると座れる可能性は高くなります。ここで考えるべきは指定券発券の手間ですね。予めみどりの窓口や自動発券機で指定を受けるのか、それとも飛び込み乗車で車内発券も可能なのか。東京のようにグリーン車自由席にしてしまうと距離に従って料金が嵩むためチな関西人には嫌われそう。
指定席車両を導入する考えは結構であると思う反面、本当に混雑を減らすのであれば原点に帰って停車駅を整理するのも効果的ではないかと思います。もっとも一度止めた駅を再度通過扱いするというのは速度を上げて運転するよりも手痛い反発を受けそうではあります。

投稿者 うえの : 19:56 | コメント (2) | トラックバック

2006年06月13日

【汽車旅】列車の窓

山陽本線にて近頃の列車は空調設備が整っています。その結果、通勤電車であっても簡単に窓が開かない構造になっています。
ひと昔前なら窓がこの通り全開になる列車はいくらでも走っていました。当時はほとんど全ての車両で煙草が吸えましたが、窓を開けて走っている限りは車内から煙が逃げていきます。いわゆる煙害なるものは少なかったような気がします。
風を受けて汽車旅をする。もはや昔話です。
山陽本線宮島口付近にて。

投稿者 うえの : 12:56 | コメント (0) | トラックバック

2006年04月20日

【北海道】池北線が最期の運行

タイトルは池北線としましたが、正式に北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線と書くと長くなりすぎるためで他意はありません。さて、北海道の北見と池田を結ぶこの第三セクター鉄道は今日をもって運転が終わり廃止となります。140kmに及ぶ長い距離のローカル線。何度もそばに行っていながら乗ることがなかった鉄道だけにちょっとした憧れのような気持ちが残っています。
廃止のあとはバスが代わりに走り、やがて高速道路も整備されていくのだとか。ご立派な高速道路を作っても鉄道よりも赤字がたくさん出てくる可能性が高いのではないか。これからは生活できる年金額が期待できない高齢者社会ゆえ高額な利用料が発生する高速道路を運転する能力が衰えたじいさんやばあさんが果たして使ってくれるのかしら。そもそも車を維持していけるのか。
公権力を使った高速道路へ運転者を押しやる汚いやり方としては一般道での速度違反検挙を厳しくして、逆に高速道路をゆるゆるにすれば少しは乗ってもらえるだろう。ま、冗談みたいな話です。忘れてください。

■ニュース記事
▼毎日新聞「サヨナラ・ふるさと銀河線:/下 歴史の1ページ心に刻み /北海道」
▼毎日新聞「サヨナラ・ふるさと銀河線:/上 車窓の風景まぶたに… /北海道」
▼読売新聞「「銀河線」20日廃止、首都圏なみラッシュを初体験」

投稿者 うえの : 07:15 | コメント (0) | トラックバック

2006年03月17日

【列車】特急雷鳥

関西と北陸を結ぶ特急雷鳥。485系が引退して68x系に編成が統一されるとこの愛称は消滅するとされています。2006年をめどとするそうなので今年中にはなくなるのでしょう。かわりに使われるのがサンダーバードという名前です。
この愛称統一ははっきり言って馬鹿化た行為なのではないか。北陸または関西のどこにサンダーバードという名称の由来があるのでしょうか。まさか雷鳥=雷の鳥ということでサンダー+バードという安易な思い込みがあるのではなかろうか。横文字にすればどことなく格好良い感じもするし。
日本でサンダーバードといえば英国が1960年代に作った人形劇のドラマを思い浮かべる人が多い。国際救助隊という私的な組織が高度な航空機などを用いて救難活動に携わる物語です。そういえば北陸特急のサンダーバードが登場した時に宣伝の一環としてこの国際救助隊が使われたし宣伝のビラでは隊員のスコットが温泉につかっている写真も出ていました。悪乗りしすぎですって。ところでこのサンダーバードは欧米ではそれほど一般化した単語ではなく辞書の見出し語としては大きい辞書を引かないと載っていないことが多いくらいです。言葉の意味は『北米インディアンの神話に出てくる鳥で、大きい鷲に似ている。雷鳴や雨を呼ぶことが出来る(ランダムハウス大辞典)』らしい。つまりは実在しない鳥ですから立山連峰にいるライチョウとは全然関係がない。ライチョウは英語でptarmiganという。Thunderbirdとは言わない。
どうしても雷鳥の愛称をなくすのですかね。サンダーバードと比べてそんなに雷鳥という言葉は格好悪いですか。横文字偏重は怪しからんと思いますが、それに徹するならせめて西日本のお偉い方々は辞書くらい引いて下さい。思いつきで作った語呂合わせ的な和製英語名の列車が走るなんて、とても情けない。
以下、国鉄時代〜民営化初期に撮影した雷鳥六変化。

雷鳥号(1)スカートが交流60Hz区間用に塗り分けされているボンネット型の編成写真。以前のエントリーで既出。

雷鳥号(2)ボンネット型式の100番台。

雷鳥号(3)月光型同様の貫通扉を持つ200番台。

雷鳥号(4)貫通扉をなくした300番台。

雷鳥号(5)本州〜北海道〜本州へと転々とした1500番台。

雷鳥号(6)583系の雷鳥。民営化後もしばらく活躍。

投稿者 うえの : 10:32 | コメント (0) | トラックバック

2006年03月15日

【列車】夜行列車

夜行列車某月某日。深夜の京都駅にて。
左側にいるのは臨時快速ムーンライト山陽+高知+松山の三階建て編成で、右側は当時単独編成で運転されていた特急富士です。
間もなく客車の特急出雲が廃止となります。こうした夜行列車もいずれなくなる日が来るのでしょう。寂しい気持ちはありますが、設備が古いくせに割高な寝台料金では贅沢に慣れた現代人なら敬遠したくもなります。鉄道会社側の目が向いているのは新幹線であり、料金の見直しや新しい車を作る気配はなさそうです・・・。

投稿者 うえの : 04:34 | コメント (0) | トラックバック

2006年03月14日

【列車】急行かすが

急行かすが某月某日。柘植駅にて行き違う202D急行かすが名古屋行き。257D加茂行きの車内から撮影。
今週末のダイヤ改正で消滅する昼行急行です。昼間に走る急行列車自体が珍しくなった昨今、またひとつ急行が消えていきます。もう乗れる機会がないし関西本線を優等列車で旅した経験もないので何度か乗りに行こうと思いましたが、惜別の感情がわくほど愛用していたわけではないし結局乗らないことにしました。乗りたい気持ちはあるのですがね。

投稿者 うえの : 05:00 | コメント (0) | トラックバック

2006年03月13日

【山形】奥羽本線関根駅

奥羽本線関根駅某月某日。奥羽本線関根駅にて。
新在直通特急を通すための標準軌化工事が進み、客車列車が廃止される直前の頃の様子です。
客車列車は遅いと思いがちですがわずか2両や4両の編成ですと機関車にはかなり余力があるらしく、電車並みの俊敏な走りに驚きました。牽引機は板谷峠専従のEF71です。冷静に考えると3700psに近い高出力の普通列車が日常の足だったとは、運用の都合とはいえかなり贅沢なものですね。

投稿者 うえの : 04:24 | コメント (0) | トラックバック

2006年03月06日

【列車】急行立山

急行立山

某月某日。京都駅7番線に入る急行立山1号大阪行き。

471系という交直両用の急行用電車です。車体の裾に見えるクリーム色の帯は60Hz区間用であることを示しています。学校が終わると市バスや徒歩で家から京都駅まで出かけて飽きずに列車をよく眺めたものです。幼児が犠牲になる昨今を思えばよくぞ誘拐などされなかったものだと思います。
この系列の列車は博多発の急行玄海に京都から大垣まで乗ったことがあるだけで、京都駅に遊びに行くとよく見かけた「立山」には乗らずじまいでした。
年によってわずかに違いはありますが昭和50年頃の立山1号は京都駅には13:20前後の発着だったようです。写真右手に見えるのは入れ換え用として構内で活躍していたDD13。ブレてますが前照灯が一つの初期型です。

投稿者 うえの : 04:34 | コメント (0) | トラックバック

2006年03月04日

【京都】叡山電鉄鞍馬線鞍馬駅

叡山電鉄鞍馬駅

某月某日。叡山電鉄鞍馬駅にて。牛若丸で有名な鞍馬寺の最寄駅。

元々は京福電鉄の路線だったのですが経営上の理由から京福本体から切り離されて叡山電鉄となり、現在は京阪電鉄の子会社となっています。叡山電鉄の設立は1985年ですから路線自体は大正から昭和にかけての開業と古いですが会社としてはまだ若い。日頃はのんびりしていますが秋になると鞍馬線は紅葉見物で賑わいます。
写真のデナ21は平成の始めに引退し現在鞍馬駅に運転席部分が保存されています。

投稿者 うえの : 05:00 | コメント (0) | トラックバック

2006年03月02日

【長野】飯山線飯山駅

飯山線飯山駅

某月某日。飯山線飯山駅にて。
以前ご紹介した戸狩野沢温泉駅と同じ日の旅です。

普通気動車でゆっくり旅をしつつ暮れゆく窓外を眺めるのは楽しくもあり寂しくもある。少し複雑な気持ちですがこんな旅がいつまでも続けられたら良いなと写真を見て改めて思います。

投稿者 うえの : 04:19 | コメント (0) | トラックバック

2006年02月28日

【長野】信越本線軽井沢駅