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2005年08月30日

【18きっぷ】井原鉄道を訪ねて

8月30日(火)、晴れ〜雨

今日は岡山の井原鉄道井原線に乗ろうと思う。
井原線は昭和41年(1966年)に国鉄井原線として工事が始まりました。後に国鉄が民営化となってからは井原鉄道株式会社として再度出発し、平成11年(1999年)に開通して現在に至ります。
<開通は『平成11年1月11日午前11時11分11秒』と1づくしという気合の入ったものだったようです。>
路線は総社(伯備線と連絡)〜神辺(福塩線と連絡)まで、総延長は41.7kmです。ほとんどが立派な高架軌道で踏み切りは井原駅の前後などごくわずかしかありません。

フリー切符イラスト面の画像 伯備線の普通電車を総社で降り、跨線橋を渡って井原線に乗り換えます。改札口で女性係員からほのぼのフリー切符(1200円)を買い求めます。片道運賃は1070円ですが、普通の切符は卓上電算機みたいな機械から打ち出すレシート様のものです。少々高くなるのは承知で記念に残るフリー切符の方を買いました。

フリー切符日付面の画像これは日付が入った面です。どちらが表面で裏面かは分かりません。広告の紙みたいな手触りなのとぺらぺらなのでなくしてしまわないかと気を使いました。

総社駅にて乗り場に出るとすでに単行の気動車が入線しています。車内へ入るにはボタンを押してドアを開けます。
荷物を座席に置きコーヒーでも買おうと乗り場を見回しますが、自販機はないようです。なくて困るものではありませんが始発駅として改札内に一台は欲しいところです。

車内の画像気動車は定刻に発車しました。乗客はわしを含めて3人。ゆっくり加速して伯備線に入り、次の清音(きよね)までのんびり走ります。清音駅の乗り場は伯備線乗り場の倉敷側の端を乗降階段で区切る形で使用しています。見た目は一つの駅ようです。
清音駅を出ると伯備線の上下線に挟まれて走り、すぐに高架となって右に曲がり高梁川を渡ります。高梁川は岡山県西部を流れる大きな川で、沿岸でよく知られた見所に井倉洞がありますが、変わったものとして今でも渡船があるのだそうです。水江の渡し舟として大正時代から続いているとのこと。40mほどの川幅を3分程度で渡る。これは機会があればぜひ乗ってみたい。

さて、気動車の乗り心地です。高規格の軌道を走る割にあまりよくありません。
まずエンジン音が非常に大きい。先日乗った三木鉄道の気動車に比べると小川のせせらぎと瀑布くらいの違いがあります。クロスシートはやや小ぶりで座面は硬く、シートピッチはやや狭い。1時間乗り通すのは少し疲れます。或る程度まとまった時間を乗車するならロングシート部の方が乗り心地は良いと思いました。
トイレは狭いものの、鏡が取り付けられているのは好感が持てました。

軌道の画像列車は写真のような立派な軌道敷をぐんぐん走ります。時速は最高で110キロ出せるそうですが、加速・力行時の音が五月蝿いので速度で時間を稼ぐよりも快速か急行運転で小駅を通過するようなダイヤも一考の価値がありそうです。

矢掛(やかげ)駅にてすっきりした雰囲気の矢掛(やかげ)駅。すでに廃止された井笠鉄道矢掛線の発着駅として栄えたところです。井原線は一部区間をこの井笠鉄道の廃線跡を使って建設されたと聞きます。高架で一気に駆け抜けていく今、当時ののんびりとした雰囲気は果たしてどこかに残っているのでしょうか。

神辺駅の駅名標 井原線の駅名標はイラスト付きです。これは終着駅神辺駅のもので、その駅周辺の見所、歴史などに因んだ絵柄となっているようです。

神辺駅にて折り返し清音行きおよそ1時間で終点の神辺に到着します。井原線は滞りなくすいすい進んでいく点では優れた路線といえますが、どういうわけか退屈で汽車旅大好きのわしでもさすがに何度か眠気に襲われてしまいました。風景が田園や宅地ばかりという単調なものという理由ばかりではなく、路線全体が新幹線の設備みたいに綺麗にまとまりすぎていているせいもあるのではないか。
あとで調べてみると井原線沿線には歴史的な見所が多いようです。乗って楽しむというより、そうした遺物などと「見て」楽しむ路線のような気がします。

投稿者 うえの : 21:00 | トラックバック

2005年08月25日

【18きっぷ】福井鉄道を訪ねて<補遺>

乗り潰しも楽しいけれど、移動の列車内や駅で何かを食べるのも楽しいものです。この夏は北陸中心の旅になりましたが、今回の北陸鉄道と福井鉄道を巡る旅で食べたのは以下の通りです。

ますの寿司の画像

昔亭のますの寿司と食べ比べで味よし食品の鱒の寿司を買ってみました。後者のほうが少しコクがないように思います。しかし旅の途上のおつまみは何を食べても美味い。ヱビスビールも冷たく冷えていて美味しく食べられました。

福井駅今庄そばの画像

福井駅西口改札付近で久しぶりに食べた「今庄そば」です。日本全国どこへ行っても駅そばは「玉子そば」と決めています。そうする理由は特にないのですが、とにかく玉子そばなのです。
もっさい駅そばですと、麺は細くて出汁が妙に薄くて不味い場合があります。ところが福井駅の駅そばは真面目な太さ(←これはそばの条件として大事なことだと思う)と美味しい出汁が大変良い具合です。ぜひ一度食べてみてください。玉子そばの値段は310円です。

焼き鯖寿司とキリン一番搾り福井から乗った敦賀行き普通電車は敦賀からそのまま米原行きとして運転されます。ただし、米原行きとして発車するまで1時間以上も停車します。乗り換えしなくて済むのは気楽ですが、今時こんなのんびりした列車も数少なくなりました。この1時間を無駄に過ごすのは勿体ない。さっそく敦賀名産の買出しです。
乗った先頭車が止まった少し先に売店があり、そこで手に入れたのが塩荘(しおそう)荘兵衛さんの焼きさばずしです。大と小とがありましたが、財布と相談のうえ小の方を買いました(税込み800円)。内容量としてはこれで正解でした。少々辛めの味もわし好みです。隠し味(?)の生姜がこれまた美味しい。たれが付いてきますが、つけなくても十分食べられる味です。そのままで一度お試しください。これでビールがヱビスなら最高でしたのに・・・。
富山のますの寿司、福井の焼きさばずしと「寿司」盡くしの北陸一人旅でした。

投稿者 うえの : 17:40 | トラックバック

2005年08月23日

【18きっぷ】福井鉄道を訪ねて

8月23日(火)、雷雨〜曇り

北陸鉄道浅野川線についで福井鉄道にも乗ってきました。福井駅前〜武生新までは乗っているのですが、市役所前〜田原町までの約1.5キロが未乗でした。この際ここも片付けておきます。
高架化された北陸本線福井駅を出ると、古い駅ビルを取り壊している最中です。粉塵が飛ばないよう水を撒きながらの工事が行なわれています。まさか今問題になっている石綿の心配はないでしょうけれど、あまり息をしないようにして足早に通り抜けます。
次にやってくる田原町行きの電車まで時間があるため、公園口電停まで歩きそこから田原町へ向かうことにします。

細長い安全地帯の上で、すれすれに走ってくる(ように見える)車に脅えながら待つことしばし。遠いカーヴの向こうからモハ300形がやってきます(写真は公園口電停に入線する田原町行きです)。手元にたまたまあった「世界の鉄道’76」(朝日新聞社)という本によれば、これは元・静岡鉄道のクモハ300(実際にはクハ300+モハ300の2両1編成)だそうです。静岡鉄道が車体、部品などすべて新品で作ったものということです。
安全地帯で乗降するので扉が開くとステップが出てきます。クロスシートが並ぶ車内に入ると中学生らしき生徒たちで満席です。ならば運転席の後ろに立ってかぶりつきと行きたいところですが、眺望が良い場所はおばあさんと女子中学生らに占領されており、前を見るのはほぼ不可能です。

なんとか運転士の後ろに空間を見つけて撮ったのが上の一枚です(裁判所前付近)。デジカメを持ってあれやこれやと思案している姿はきっと怪しいおっさんだったことでしょう。
#盗撮犯扱いされなくて良かった・・・・。

田原町に着くと、若干遅れているのかすぐに折り返しで発車します。田原町はえちぜん鉄道とつながっている木造駅舎で時代を感じさせる味わいがあります。えちぜん鉄道側には改札があり、事務所にはおばさんの駅員(委託でしょうか)が2人いらっしゃいました。改札といっても開け放たれているようなものですが、それでも中学生らはいちいちおばさんを呼び止めて定期券をきちんと見せて入場するのには驚きました。そうするのが普通で驚くのはおかしい。もちろんそうなのですが、わしなら駅員が何か用事をしていてあさっての方を向いていたら声をかけずに入ってしまいそうです。意外なところでマナーの良さを見せていただきました。

駅名標は板に手書きらしい文字。今ではあまり見られないタイプのものです。

駅舎の片隅で見つけた昔の時刻表。文字は消えているのか消されたのかは分かりませんが、ほぼ毎時7分、37分に発車していたらしいのが分かります。
田原町からはえちぜん鉄道に乗り換えて福井駅に戻ります。福井鉄道が市内区間180円なのに対し、えちぜん鉄道の方は田原町から福井まで150円と少し安いです。

福井鉄道自社発注のモハ200形は今なお健在です。正面二枚窓っぽいデザインは1950年代を思わせます。前面に貼られたお隣り石川県が生んだ大リーガー松井選手の顔写真が唯一現代的・・・?

投稿者 うえの : 22:00 | トラックバック

【18きっぷ】北陸鉄道を訪ねて

8月23日(火)、雷雨〜曇り

2週間ぶりに休みを得て、今日は北陸鉄道浅野川線に乗ってみます。
先日乗る機会はあったのですが、台風の影響で乗らず仕舞いだったのです。

この10年ほどで金沢駅のおもむきはすっかり変わってしまい、北陸本線は高架に、北陸鉄道は地下にそれぞれ乗り場が移動してしまいました。

電車は2両編成で、京王帝都からやってきたステンレス車です。
折り返しの電車から降りたお客さんが出てしまうまで改札は行なわれません。

京王帝都時代のものと思われる銘板。

車内スピーカーには「KTR」の文字が見えます。関東の私鉄も結構芸が細かいところがあるのですね。

さて、電車は定刻に北鉄金沢駅を出るとすぐ地上に顔を出し、七ツ屋駅に停車します。
線路は民家の間をすり抜けるように敷かれていて、曲線だらけです。速度も大して出ていないようで、雰囲気としては専用軌道を走る路面電車です。速度の割には横揺れや上下動の絶え間がなく、逆にこれで駅間距離があればちょっと疲れる路線かも知れません。車両自体に問題はないと思いますので軌道をもっとがっしりすれば揺れは少なくなることでしょう。と、外野が言うのは簡単ですが、地方私鉄にはなかなか厳しいところかも知れません。
途中、三ツ屋駅で対向電車とすれ違います。単線の浅野川線唯一の交換設備がある駅です。やがて大野川鉄橋を微妙に揺れながら最徐行で渡ります。どのような理由で速度制限がかかっているのか分かりませんが、橋の老朽化が理由ならちょっと怖いです。

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内灘駅の全景。駅自体は小さいですが、駅前は少々広く作ってあり、路線バスが時をおかずに発着しています。

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内灘駅の駅名標。なかなか立派です。

今乗ってきた電車で折り返します。
帰りは何と急行。わずか7kmほどの路線で急行運転とはこれまたなかなかのものです。
上下左右に揺れはしましたが、帰りも短い旅が楽しめました。

投稿者 うえの : 21:29 | トラックバック

2005年08月09日

【18きっぷ】三木鉄道を訪ねて

8月9日(火)、晴れ

三木鉄道に乗ってみようと思う。
兵庫県三木市は京都から比較的近いところにある。ローカル線とはいえ、時刻表で調べてみると三木鉄道は意外に本数が多い。よって朝早く目が覚めていたのに家を出たのはお昼近くになってからでした。
新快速電車で一気に加古川に到着。しばらく来ないうちに加古川駅は高架の立派な駅になっていて吃驚しました。ここから三木鉄道の乗り換え駅となる厄神まで加古川線に乗ります。いったん地上に降りて加古川線乗り場へ行く際、再び改札があります。無人駅で乗った人から運賃を取りはぐれないようにしたのでしょうか。真面目に乗車券を持っている者には煩雑ではあります。
高架の加古川線乗り場へ上がると真新しいクモハ125という電車が一両で発車を待っています。日本海側の小浜線で走っているのと同じ型です。単車ゆえか車内はすでに満席で、車内は窮屈です。客室内に機器を詰め込んでいるためか、明り取りがうまくないようで、暗い車内という印象です。厄神まで立って行き、いよいよ三木鉄道に乗ります。

適当な接続時間が取ってあり、少々体が弱い人でも跨線橋をゆっくり渡って乗り換えが出来ます。静かなエンジンの音がころころと聞こえます。車内は地元客ばかり10人程度がすでに着席して発車を待っています。冷房も良く効いていて快適です。車内も日がよく入って明るい。
切符は発行されません。乗った駅から降りる駅までの運賃を現金で支払います。厄神〜三木間は片道250円です。
発車時刻が来て、気動車は振動もなくゆっくり動き始めます。車そのものと運転士さんの腕が良いのか、加速も滑らかで乗り心地が良いです。エンジン音も低く抑えられており、幹線でも十分に使える優秀な気動車です。

車内を見ると、天井からは風鈴が吊り下げられたり、壁面に手作りの造花が貼ってあったりします。さらになぜかマンガ雑誌が座席の横に置かれています。営業キロが7kmに満たない日本でも屈指の短い鉄道路線であっても道中退屈しないようにとの配慮なのでしょう。
田園風景の中を恙無く走って終点の三木に到着しました。

三木駅の駅名標です。単純明快な表示ですね。

国鉄時代からある駅にはこうした大きい駅名標が見られます。

駅舎内の出札窓口。昔懐かしい風景がまだここには残っています。

国鉄ローカル線の駅舎は大体このような造りです。今ではすっかり建て替えられて西欧的なしつらえになっているところが多いですが、こうした日本風民家的な駅舎は無駄に賑やかな飾りやいわゆる自称芸術作品みたいなものがなく、見ていて心が落ち着きます。
三木駅前をぶらぶら散歩し始めますが、なにしろ暑い。自動車は何台も通りますが、人はほとんど歩いていない。駅前通りを少し歩いたら郵便局がありました。旅行貯金をして時間を少し潰そうと企んだものの、手際よく事務処理が終わって再び炎天下へ逆戻りです。
三木は金物、刃物の町と聞いていましたが、それらしき宣伝の看板や案内などは目立つところにはありません。あとで地図を見てみると、三木駅はどうも賑やかな場所から外れているようです。歩いて10〜15分くらいで神戸電鉄の三木駅へ出られそうなので、炎天下でなければ試していたところです。せっかく来たのだから試すべきですが、熱中症なんかで死んでもつまらない。
同じ車で折り返し、長閑な田園風景をしばし楽しんで厄神に戻りました。所要時間は13分。国鉄時代に比べて駅が4つほど増えていますが、かかる時間は一緒です。本数も大幅に増えて乗りやすくなっています。京阪神からは午後から出かけても日帰り可能なローカル線ですので未乗の方はぜひ一度乗ってみてください。

投稿者 うえの : 22:00 | トラックバック

【18きっぷ】神岡鉄道を訪ねて<§4:補遺>

西ホーム@富山駅

高山本線の列車が発着する富山駅の3番線は、国鉄〜民営化直後の頃「西ホーム」と呼ばれていたようです。長い編成の気動車に対応出来るよう乗り場も長くなっています。

猪谷駅

猪谷駅はさほど雰囲気に変化はなさそうです。大きく変わったとすれば駅名標くらいのものでしょうか。

記念乗車券

神岡鉄道の記念乗車券。3種類ほどあるうちの一つで、右が表紙、左が裏表紙です。

硬券乗車券3葉

中面には、猪谷−神岡鉱山前往復分と神岡鉱山前−奥飛騨温泉口片道分あわせて3枚が収められています。値段は1200円です。

投稿者 うえの : 21:00 | トラックバック

2005年08月08日

【18きっぷ】神岡鉄道を訪ねて<§3:神岡鉄道>

7月26日(火)、雨

目覚ましが鳴る。でも夜が明けた気配がない。変だなと思って窓の外を見ると隣の建物の壁がありました。部屋が暗いままなので目覚ましが鳴らなかったら危うく寝坊するところでした。
TVを見ながら着替えを済ませ、ホテルを出ると雨が降っています。傘をさすのも面倒なので小走りで駅に向かいます。今日はいよいよ神岡鉄道に乗ります。元は国鉄神岡線で昭和59年に第三セクター化されました。北陸中日新聞の特集記事によれば、その歴史は『明治末期の神岡鉱山の馬車軌道にまでさかのぼる。その後三井金属鉱業の軽便鉄道を経て、国鉄神岡線が開通』といい、意外に奥が深い路線です。そんな神岡鉄道も稼ぎ頭だった貨物輸送がトラックに置き換えられたことから来年度末に廃止されることになりました。乗っておくなら廃線を惜しむ人が大量に来る前の静かな今が狙い目です。どのような路線なのでしょうか。楽しみです。
されど腹が減っては戦が出来ぬ。まずは構内の便利雑貨ハート・インで朝の食べ物を買い、高山本線の気動車に乗り込みました。

844D@富山駅

2両編成の富山7:35発、844Dはですでにほぼ満席状態でした。ローカル線だから座れるだろう。のんびりボックスシートで飯にしようと考えていたのは甘かった。ロングシート部にようやく空きを見つけ、腰を下ろしたら間もなく発車しました。
外観に似合わず気動車は軽快に田園風景の中を走っていきます。晴れていれば頂上に雪を冠した山々が見える風光明媚な路線ですが、今日はあいにくの天気なのが残念です。
途中の速星から高校生らしき学生の集団が乗ってきます。短い車両はあっという間に通勤電車並みの混雑となりました。それでも2両でまかなえる乗客数ですから、混雑の度合いといってものんびりしたものではあります。
越中八尾では学生たちを含めて一般客がどっと降ります。これ幸いとボックス席に場所を移してゆっくり朝ご飯をいただきました。

朝飯@844D

北陸の汽車旅で食べるものといえば、まずは昔亭(せきてい)の「ますの寿司」です。今朝はこれに併せて「あなご寿司」も買ってみました。おにぎりタイプになっていて食べやすい。このおにぎりタイプの「ますの寿司」は近鉄京都駅構内のam/pm近鉄京都駅店にも置いてあり、小腹が空いた時はたまに買って食べています。

844D@猪谷駅

「あなご寿司」の意外な美味しさに舌鼓を打つうちに終点猪谷に到着。猪谷から飛騨古川までは台風被害により不通のため、この区間は代行バスが用意されています。途中、橋が流されていたりするため復旧にはしばし時間がかかりそうです。

猪谷駅舎

のどかな駅のたたずまいです。画像左側に見えているのは濃飛バスが運行する代行バスです。
乗り継ぎに少し時間があるので駅前をぶらついてみます。駅前から国道まではほんの100メートルほどしかなく、食料品店と酒屋が目に入るほかはこれといった商店はなく、朝が早いこともあってか人通りもほとんどありません。駅前に郵便局があり、旅行貯金の余裕はたっぷりありましたが、あいにくまだ営業開始前の時間帯でした。

おくひだ2号@猪谷駅

時が流れ、駅に戻るとすでに神岡鉄道の気動車が入線しています。単行の車はどこかで見たことがあるようでここだけにしかないような型をしています。車内は雪深い山間の土地を走るからなのでしょうか、冷房がついていません。

おくひだ2号@猪谷駅

座席は通常のボックスシートを改造して、テーブルをコの字型に囲む配置になっています。車端には囲炉裏を模した席もしつらえてあり、通勤客のためというより行楽の利用者のために楽しんで乗ってもらおうという考えのようです。しかし、テーブルと座席の間隔が狭いために小柄な方以外は窮屈に思えるかも知れません。

囲炉裏@おくひだ2号

気動車は定刻の8:53にゆっくりと動き出しました。発車時点の乗客は二人です。一人は記念乗車券の類を持っているので、地元の利用者ではないでしょう。もう一人はもちろん私です。
2つめの茂住駅から地元の方が5人ほど乗ってこられました。茂住駅から近いところに東大宇宙線研究所スーパーカミオカンデがあるそうです。ノーベル賞が取れるほどの研究施設ですが、門外漢には何がなにやらさっぱりです。なお神岡町のサイトによればニュートリノを始めて検出したのは昭和62年のことだそうです。

神岡鉄道はトンネルに始まり、トンネルに終わる路線です。猪谷駅を出るとすぐに県境を越えて富山県から岐阜県に入り、神通川と国道41号線に沿って進みます。トンネルに入ってしばらく走ると駅。駅を出るとトンネル。トンネルを出たところに駅。そのようなことの繰り返しで「奥飛騨の地下鉄」と異名を取るだけのことはあります。しかし窓から見る風景は神通川に姿を見せる奇岩などのおかげで楽しめるものです。また路線図を見て分かるように、駅によっては七福神がそれぞれ一体ずつ安置されています。神様を置く由来については分かりませんが、ふと目に付くと心が和みます。
そのほか、神岡鉱山前駅では今や珍しくなったタブレットの交換が行なわれ、飛騨神岡駅には床屋さんが営業中。

奥飛騨温泉口駅

そして神岡鉄道本社がある奥飛騨温泉口駅には国鉄時代の駅舎を改装した喫茶店「あすなろ」と囲炉裏を配した民家風待合所があるなど、面白い特徴を持った駅が揃っています。

奥飛騨温泉口駅前

駅前には引退した貨物用ディーゼル機関車が置かれ、どのような鉄道路線として歴史を歩んできたかが分かります。

あすなろの看板周辺を散歩してみましたが、砂防工事事務所や製材所みたいなものばかりです。どこへ行くあてもないので駅に戻り、前述した国鉄時代の駅舎を改装したという喫茶店に入ります。

あすなろ内部なるほど、「貨物取扱所」の看板が元国鉄の駅らしい雰囲気を伝えています。とかく無造作になりがちな雑誌類はきちんと整頓されていて好感が持てます。

アイスコーヒー@あすなろ

アイスコーヒーを注文すると、タイムサーヴィスでトーストがついてきました。コーヒーの味は文句なしです。旅先で飲むコーヒーや酒はなにしろうまい。しばしぼおっとさせていただきました。これでお値段は400円でした。
店にはかなりの台数が止められる駐車場があり、地元の人はもとより車旅の人も気軽に立ち寄れます。

あすなろ内部

落ち着いた店内の様子をもう一枚どうぞ。
10:45、奥飛騨温泉口発。この後は金沢へ向かい、北陸鉄道の未乗路線を征服しておこうと思います。淡々と富山まで戻り、北陸本線の各駅停車で金沢へ。ボロい昔の急行型電車ながらそこそこの速度で飛ばし定刻に金沢着。順調であればこれから北陸鉄道浅野川線と石川線の野町〜新西金沢間を楽しむはずでした。が、台風が接近しているとかで関西方面を結ぶ特急列車に遅れや運休が出ています。めったなことで普通列車が止まることはないと思いますが、明日は早朝から仕事があるために大事をとって帰ることにしました。悔しいですが、またにします。

特急退避

金沢駅の売店でビールと「ますの寿司」などのつまみを揃えて14:03発の普通列車に乗ります。途中の美川駅で特急「雷鳥」を退避。この列車がすでに4分ほど遅れて運転しています。大丈夫でしょうか。福井へ向けて進むうち、沿線の木々や田んぼの稲が大きく揺れるのが見えます。割合強い風が吹いています。が、乗った列車は特急退避の際の遅れを引きずっただけで無事に福井着。

419系体質改善車

福井から先は遅れとはいえないくらいの遅れで順調に進みます。敦賀では電車の写真を撮れるほど余裕もあります。長浜、米原とうち過ぎて何事もなく京都駅に到着。そうすると欲が出てくるもので、これなら金沢で北陸鉄道に乗れていたな、などと過去を振り返ってしまいます。なに、まだ休みを取ろうと思えば取れる。次回に期待です。
(了)

投稿者 うえの : 20:30 | トラックバック

2005年08月06日

【大阪】赤川鉄橋を訪ねて

8月6日(土)、曇り〜雷雨

朋、横濱より來たり。大阪の友人とわしとで男三人が久しぶりに集まりました。
昔から女三人寄れば姦しいといわれます。男は三人寄れば汽車旅というわけで、鉄道に詳しい大阪の友人が城東貨物線赤川鉄橋へ連れていってくれました。

上の写真(東淀川区側)のように、赤川鉄橋は貨物列車と歩行者が並んで淀川を渡れる橋です。
本来は複線として貨物列車が走れるだけの用地があるのですが、今のところ単線で運転されています。予備の用地は将来の大阪外環状線完成までこの橋の部分に限って人も渡れます。

暫定的な人道橋という意味で「仮橋」となっているようです。

上空を横切る飛行機の機種を当てっこしつつぼんやり待つこと数十分。ようやくDD51が牽引するコンテナ貨物列車がやってきました。ディーゼル機関車が引っ張る列車だからのろいかと思いきや、意外に速いです。

素早く行き過ぎる貨物列車の後姿。

赤川鉄橋(都島区側)

見物が終わったあとは大阪市営バス、環状線と乗り継ぎ天満で降りてB級グルメ探索へ。大阪の友人が紹介してくれたのはキャベツ焼き。具らしい具は文字通りキャベツとちらほらエビが見える程度の簡単なおやつ。100円です。

しばらく喫茶店で歓談したあと、大阪の友人は仕事で中座。横濱人とわしはしつこく鉄旅を続け、横濱人が乗ったことのないという片町線を東西線経由で征服し、木津からは奈良線を使って京都駅で東海道本線と合流します。京都人のわしはここで打ち止めです。横濱人はこのあと伊丹空港から飛行機で帰る予定ですが、定石の新快速を使わずに特急「スーパーはくと」にて大阪方面へ向かいました。さすが、筋金入りの鉄人は視点が違う。
鉄に始まり、鉄に終わった清清しい土曜日でした。

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