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1992年12月17日

初海外旅行(1)

92年12月17日から2週間余り大学のゼミでの研修旅行という名目でアメリカ西海岸各地を!旅!してきました。私としては初めての海外旅行だったのでいろいろ不安もありましたが、先生がついているから大丈夫と思い込んで、ともかく行ってきました。なお、今回は13人での旅行でした。学生の時に書いたので少々雑な旅日記となっています。

12/17 1日目?1

  いよいよ本日出発である。12:50に新宿駅西口地下改札口に集合。成田エク
  スプレスは13:42発、しかし.乗車したのは発車3分前のことであった。
 
  この成田エクスプレスはなかなか快適でそれでいてまったりしているのに
  後味さわやかという乗り心地であった。車内で駅弁(それも大月駅の)を食
  べていると、旅情にひたれる。
  1時間あまりで成田第2ターミナル駅に到着。新しいターミナルで広い!
  そして荷物のチェックインにはまだ多少時間があったので、ABCで荷物を
  送ってもらった人はそれを受け取りにいった。私は自分で持ってきた。また、
  そういう人の方が多かった。
 
  さて、いよいよ荷物を預けるが、13人だと随分時間がかかる。カウンター
  横のステップがはかりになっていて、荷物の重さを計るのだが、そこに受け
  付けの女性が乗って、メーターが動くのだが、安定しないので、何人かで体
  重を推理してしばし楽しむ。「荷物込みで60キロだから、45キロだな」
  などと。
 
  やっと終わって搭乗するが、まだ余裕で時間があるので、出国口前でいっ
  たん集まって、またあとで集合することにした。先生の奥さんが「今から行
  くって電話できる人はした方がいいわよ」と言っていたので、何人かがそう
  したようである。私の家は昼間は不在なので...
 
  9時間のフライトで飛行機内では暇になるだろうと思い、すぐそばにあっ
  た三省堂書店で、推理小説を2冊買ってきた。それ以外は集合場所で、ハイ
  ビジョンによるバルセロナ五輪の日本選手の活躍がやっていたので、いた人
  で見ていた。
 
  時間になったところで、空港利用料の券を販売機で買って入る。日本円を
  使うのはこのときが、92年最後であった。とことこ歩いて、出国審査のと
  ころでパスポートを見せ、すぐ通過。「もうここは日本ではない」という先
  生の言葉に、ちょっとときめいた。エスカレーターを下り、搭乗ゲートとを
  結ぶシャトルに乗車。これがうわさのシャトルかと思いつつ、発車するとき
  にメンバーの誰かが、左右前方を指差し確認して、「発車!」とやっていた。
 
  シャトルが動き出して1分程度で終点に着く。そしてゲートでしばし待つ。
  周りにはアメリカンがいっぱいいて、早くも異国の気分を味わう。
 
  いよいよボーディング。ゲートから飛行機に直接乗れるので楽ちんだ。私
  が90年に松山にいったときはゲートからリムジンバスにしばらく乗ってよう
  やく飛行機に乗ったのでその楽さは比にならない。さて、自分達の席を見つ
  けて一段落。外をみるとすでに日はとっぷりと暮れていた。
 
  17:15、B747機 マレーシア航空92便はゆっくりと動きだした。
  離陸までは随分かかった。何キロも走ったらしい。私の隣のNさんは何やら非
  常に興奮しているようだ。「わ?動いた」「走ってる走ってる」「わ?飛んだ
  飛んだ」などやかましい。

  で、離陸は無事成功し、日本にお別れする。眼下に成田の夜景が流れてい
  く。高度があがると、もっと広範囲に夜景が広がる。「わ?きれい」Nさん
  はまだ興奮しているようだ。
 
  機内はエンジンの音がやや大きく、やかましいなと感じていたが、やがて
  慣れた。しばらくして機内アナウンスが英語と日本語であった。
 
  機内食が出たが、なんかいまいちおいしくない。食後にお茶漬けが欲しかっ
  たのは私だけではないはずだ。
 
  途中映画を上映していた。バットマンリターンズとナントカだったと思う。
  しかしどちらも英語版で、日本語字幕も吹き替えもなし。つまらんので寝て
  しまった。(ナントカという映画の中で誰かが大受けしていたのだが、英語
  のギャグがわからない私達はちょっと悔しかった。)
 
  ぐうぐう・・・あまり寝過ぎると時差ボケ対策がくずれるそうなので、4
  時間くらい寝て起きた。それからは、空港で買った推理小説を読みふけって
  いた。しかしやがて飽きがくる。「あぁ、たいくつだよ? 早く着けぃ」
 
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  というわけで、MH92便は無事にロサンゼルス空港上空まで来たのでし
  た。窓側に座っていた学生から「おぉ、アメリカだ」と言う声が出たので、
  右を見ると、広大なアメリカの地形が広がっている。「ついにきたか!!」
 
  下の方にはきっちり碁盤目状に伸びた道路と建物が並んでいる。ハイウェ
  イらしき道路もみえる。なんだか興奮してきた。
 
  着陸の案内があり、高度が下がりはじめ、そしてあまりショックもなく、
  滑走路に着地する。このときはいつも緊張するものだ。「もし 失敗したら
  ・・・」飛行機はどうも好きになれない。
 
  着陸後10分以上ぐるぐるまわってようやくホーム(とは言わないな、と
  にかくそういう所)に到着。扉が開き、続々と降りてゆく。我々もあとに続
  けとばかりに急がず慌てず機内から出た。
 
  通路を通っていると、聞こえてくるのはほとんど英語。空港のアナウンス
  ももちろん英語、案内版も全て英語。う?む何を言っているのかさっぱりわ
  からん。英語には結構自信があったのに・・・でも案内版はほとんどわかっ
  た。まずはBAGGAGE ナントカへいくそうだ。しかしその前に関門があった。なに
  やらパスポートを見せて一人づつ何か聞いている。我々13人もそのカウン
  ターに並んだ。先生に聞くと、ここでは滞在期間と渡航目的を聞かれるそう
  だ。えっと2週間ここにいるから、「two weeks 」。そして目的は観光だか
  ら「sight seeing」この2つの単語でバッチグー!
 
  いよいよ次が私の順番だ。どきどきしながら待っていると、「next」と言っ
  てきたので、カウンターへ向かう。パスポートをだし、一応愛想笑いを浮か
  べて尋問を待った。そして、「How long will you stay here?」と聞いてき
  た。
 
  how long....??? えっとつまり期間を聞いているのだな。2週間だ。
  えっと「2 weeks」だっけ。と思いながら、「Two weeks.」と答えると、
  「uh ha」などといって次に「What purpose did you come here?」と質問を
  投げかけてきた。
 
  purpose??? 何だっけ?目的だったような気がするが・・・するってぇと
  きた目的だな。じゃあこれだ!と思って「Sight seeing. 」と勝ち誇ったよ
  うに答え、難関をクリアしたのであった。あぁ疲れた。手には冷や汗をかい
  ていた。
 
  そして、目の前にある荷物引取場で我々の荷物が到着するのを待つ。次々
  と大きな荷物がごろごろ運ばれてくる。一行の大部分の荷物は出たが、私の
  スーツケースはかなり遅れてでてきた。でも無事だったので安心した。しか
  しここはちょっと目を離した隙に荷物をとられても決しておかしくない場所
  ではないだろうか。
 
  さて、全員の荷物が戻ってきたところで、到着ロビーへと歩いていく。ロ
  ビーに着くと、たくさんのアメリカンがそれぞれの待っている人の名前を記
  したカードをこちらへ向けて人を待っていた。しかし我々はお呼びではない
  ようだ。すたこらさっさと玄関へ向かう。そして今日から借りるレンタカー
  屋へリムジンを手配してもらった。
 
  空港の外へ出て、リムジンの到着を待つ。待っていると、次々にレンタカー
  やホテルのリムジンが到着し、客を乗せていく。ほかのタクシー(キャブ)
  や自家用車も何台も見たが、見たことのない車が多々あり、興味を持って見
  物していた。しかし、こちらの車はリムジン(マイクロバスみたいだが)は
  もちろん、バス、トラックまでほとんどオートマチックだ。マニュアル車な
  んてほとんど無い。そしてどれも車がでかく、ごっつい。
 
  また、かなりの日本車を見た。ホンダが多いようだ。やはり日本車はアメ
  車に比べ、コンパクトだ。かなり年期の入った車も多く、日本なら間違いな
  く車検に通らないようなポンコツ車も珍しくなかった。
 
  ついに我々の待つリムジンが来たようだ。荷物を先に乗せ、逐次乗車する。
  さすがに13人分の荷物となると乗せるのにも時間がかかる。運転手も手伝っ
  てようやく乗車完了。そしてマイクロバスのようなリムジンは発車した。
 
  しばらくは街中を走る。右を見ても左を見てもはじめてみる風景である。
  さらに右側通行なので日本の生活からは考えられない。カルチャーショック
  である。しかし本当にここの道路は京都の町の如く区画整理されている。し
  かもそれぞれの道はかなり広い。さすがアメリカである。
 
  そして、わずかな間にリムジンはダラーレンタカーの営業所へ到着した。
  また、荷物をおろし、営業所に入る。駐車場にはきれいなアメ車が何台も並
  んでいる。結構知らない車も多々あった。
 
  カウンターで、先生が借りる手続きをしている。実は私も運転するので、
  日本でつくってもらった国際免許証を提示してサインする。しかし、クラー
  クの話では、レンタカーは2台を4人で借りて、1台につきファースト・セ
  カンドドライバーが決められるのだが、万一のことがあった場合、ファース
  トドライバーが運転した時のみ保障が受けられるらしい。これは日本から予
  約した時は聞いていなかったそうで、何やら英語で交渉していたがターンオー
  バーにはいたらなかった。
 
  私はセカンドドライバーなのだが、事実上はファーストドライバーである。
  というのも、2台を先生夫婦で借りるのだが、先生はともかく、奥さんはア
  メリカでの運転経験はあるものの本人もあまり運転はしたくなかったそうだ。
  これでは困った。奥さんが運転していないと事故が起きた時の保障がないで
  はないか! くれぐれも無事故で行かなくては・・・・(ドキドキ)
 
  ようやく手続きも終わっていよいよ車へ乗り込む。借りた車はクライスラー
  のミニバン2台である。1台は先生が運転することになっていたが、もう1
  台はなんと私が運転することになったらしい。私はてっきり奥さんが運転す
  るものとばかり思っていたので、びっくりした。先生が言うには、「女房は
  たしかにアメリカでの運転経験もあるが、ちょっと心配なので、似たような
  1ボックス車に頻繁に乗っている埋橋君なら大丈夫」とのことだった。
 
  「どうせいつか運転するんだし、やったろか」と言うわけでもないが、承
  認してキーを受け取り、車へ向かう。左ハンドルなので、当然左のドアから
  乗り込むのだが、間違えて右のドアを開けようとしてしまった。ドライバー
  ズシートに座り、キーを回してエンジンオン。おぉ動いた。ハンドルの右に
  ついているコラムシフトレバーを下げて、「D」の位置にしてブレーキペダ
  ル左の足踏み式パーキングブレーキを解除しようとするが、踏み込むと余計
  にブレーキが強まってしまった。おかしいなと試行錯誤しているうちにブレー
  キが手前に戻ってきた。「なるほど、強く踏むとブレーキをかけるけど、
  ちょっと踏むと戻るんだ。」ブレーキも解除になり、ミニバンは這うように
  動きだした。とりあえずみんなの荷物を荷室に乗せるので、10m程動いて
  停車する。
 
  このミニバンは3列7人乗りで3列目のシートが前後に動いて荷室のスペー
  スが調節できるのだが、いちばん前にスライドさせて荷室を最大にしても
  13人分の荷物を2台に分けて積載するのは苦労を要した。さながらパズル
  のようである。
 
  荷物も何とか納まり、先生車の主導で我々のお世話になるアーバインにあ
  るホテルへ向かう。今は駐車場に入るが、ひとたび公道へ出ればそこは右側
  通行の社会である。駐車場からは左折して道路へ出るのだが、日本とは違い、
  大周りしていく。日本流に小回りすれば対向車線に出てしまうのである。2
  台は日本から持ってきた小電力トランシーバーで連絡が出来る。先生から
  「私の走るとおりについてきてください」とアドバイスがあった。車内のギャ
  ラリーからは「右だぞ、右!」と何度も私に言ってくれる。私も6人の命を
  預かっているわけだから、それこそ慎重に免許を取ったばかりのころの胸中
  でついていった。生まれて初めて運転するアメリカの道、緊張と興味が心の
  なかで交錯していた。これから毎日のように走り通すわけだから、絶対に事
  故など起こしてはならない。気合を入れてハンドルを握りしめた。
 
  10分も走っているうちに右側通行の感覚もだいぶつかめてきた。要は右
  折は小回りに左折は大回りし、曲がったら右側の車線に出るといった感じで
  ある。
 
  しばらく市街を走ってフリーウェイに乗るという。日本で言う高速道路で
  ある。ただ、このカリフォルニアでは無料なのである。とあるインターチェ
  ンジから入るが、入口付近にには信号があった。この信号は変わっていて、
  青になったと思ったら2秒もしないうちに赤になるのだ。そしてまた3秒ほ
  どして青が点灯する。なかなか考えてあると思った。こうすることによって
  本線とのマージの際の事故を防止しているのだろう。
 
  1台前の先生車が信号に従い、発車していった。私もその3・4秒後に続
  いて出ていった。
 
  「左に走っている車と同じ速度まで加速して左に車線変更してください」
  との先生からのアドバイス通り、左から合流してくる車線に加速しながらレー
  ンチェンジした。「やれやれ、うまくいったぞ」とひとつ緊張の場面をクリ
  アしてほっとしていると、
 
    「これから1/2マイルほど走って本線とマージします。今度は車の流れが
  多いですから十分安全を確認してから車線を移ってください。」
    という連絡があった。
 
  「あれ?今のは違うのか。」 またまた緊張が高まる。
 
  今、先生車の後ろにいる。車間は70mほど。いよいよ目の前が開けて左
  に幾つもの車線が見えてくる。それぞれの車線に何台もの車が走っている。
  反対車線も同様の規模であるが、いちばん向こうの車線はちょっと確認でき
  なかった。先行する先生車が軽く車線変更を終え、続いて私のほうも左を走
  る車と同じ速度を保って車間の空いているところにサクッと入ることに成功
  した。先生車からは約150m間に2台ほどの車がある。
  「ただいま無事移りました。」と報告し、一同ほっとする。
 
  現在走行しているのは405号線というフリーウェイである。このままし
  ばし、走りつづける。巡行速度は約60マイル(約100キロ)。今は片側
  だけで5車線である。それでもどの車線にも多くの車が走っている。左側の
  車線へ行くほど車の速度は高くなっているようだ。車線と車線とのあいだに
  は日本のような白線ははく、キャッツアイのような金属の盛り上がりがあっ
  てそこにタイヤが乗るとゴトゴトという音がする。
 
  まわりにはアメ車はもちろん、日本車も結構多く走っている。全体として
  はきれいな車が多いが、中には日本では絶対車検が通らないような状態のい
  わゆるポンコツ車もあった。さすが車検制度のない国である。今私が運転し
  ている車を含めて私が見たことのない車も結構あった。あまりわき見は出来
  ないが、興味深く観察しながら運転していった。
 
  このフリーウェイは制限速度が55mph(88km/h)であるが、ど
  の車も60mph以上で走行している。こういうのはどこの国も同じようだ。
  しかし、捕まらないというわけでもなく、所々でポリスカーに捕まった車が
  見られた。
 
  さて、なんだかんだで無事SANTANA のBRISTOL という街に入り、フリー
  ウェイを降りて一般道を走り、数分後に無事我々がしばらく厄介になるホテ
  ル:カントリーサイドイン(以下CSIという)に到着した。チェックイン
  を時間をかけてすませ、キーが配られた。私はK君と2人で207号室に泊
  まる。今日は初日ということもあって、一日荷物の整理やミーティングなど
  をして過ごした(実は記憶がほとんどなかった)。


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投稿者 onsenfan [ ] : 1992年12月17日 23:49

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