2013年10月10日

【駅】茅ヶ崎駅のベンチ

茅ヶ崎駅のベンチの写真

茅ヶ崎駅の相模線乗り場にある木製のベンチ。首都圏に近い駅なのに意外なものが残っているという感じです。
古びた風味が懐かしい。

投稿者 うえの : 16:16 | トラックバック

2013年09月16日

【駅】台風18号が過ぎて/京都駅

京都駅0番線

深夜から昼頃にかけて関西の広範囲で土砂災害をもたらした台風18号。日が暮れて、ようやく湖西線が運転再開となり、北陸方面への特急列車を待つ乗客の列が長く伸びていました。一昔前、夜行列車が頻繁に走っていた頃の京都駅のようですが、台風という状況下だけに有り難くない賑やかさでありました。

投稿者 うえの : 19:43 | トラックバック

2013年08月29日

【三重】中在家信号場/関西本線

中在家信号場/関西本線

関西本線中在家信号場(三重県亀山市)の現状です。写真奥が加太(かぶと)方面、手前が柘植方面になります。写真真ん中を貫く線路が本線、左奥に逸れて行くのが引上線。右へ分岐しているのが発着線です。

投稿者 うえの : 16:30 | トラックバック

2008年01月19日

【大阪】JR難波駅

JR難波駅

関西本線湊町駅が地下化され、駅名もお手軽なJR難波駅に変わってからどれだけ年月が経ったでしょう。
思えば地下化されてから、つまり新線になってからは乗っていなかったのではないか。まめに乗車記録を書かないので記憶がおぼろとなればもはや乗ったかどうか分からない。そんなわけで乗り直してきました。
湊町駅の地上時代はこのような区画にまだこれだけ広い空間が残っていたのかと感激するほどの貫禄がありました。地下になってもそれなりの乗り場本数は確保されていますが、暗い雰囲気は否めません。同じ難波駅でも近鉄や市営地下鉄とは大違い。端的に言うと人がいない。
これから発展が見込めるかどうか。駅の上ではなにやら大きいビル建設の最中です。暗い地下駅から外へ出ても建物に囲まれていて空が狭く圧迫感は満点です。ちょっと歩けばそこは連れ込みホテル街というのも大阪らしいといえば大阪らしいですが毎日利用したい駅ではないです。

投稿者 うえの : 15:15 | トラックバック

2007年04月14日

【三重】三岐鉄道伊勢治田駅

三岐鉄道伊勢治田駅

櫻の撮影取材の途中に立ち寄った三岐鉄道の伊勢治田(いせはった)駅です。
セメント列車用の側線が複数備わる広い構内を持つ駅です。
4月も中旬に入っていますが風が強くて寒かったです。山地にかかる土地柄なのでしょう。

投稿者 うえの : 16:16 | トラックバック

2006年12月16日

【和歌山】北宇智駅のスイッチバックが消える

近畿地方で唯一和歌山線北宇智駅に残っていたスイッチバック区間がいよいよ最後となります。
NHKなどの報道によりますと、スイッチバック区間で運転席を移動した際にATSのスイッチをつい入れ忘れてしまうミスが2度続いたため、この際スイッチバックそのものを無くしてしまおうと西日本旅客鉄道が判断したようです。
この区間は2回ほど乗っています。今となっては特に思い出せることもないほど印象に残っていない駅ではあります。それは単に下車していないからです。機会を見つけて下車し、じっくり観察しておくべきでした。反省しています。駅舎に興味ある方、乗車未体験の方はお早めに。

以下にNHK大阪放送局の記事を抄録しておきます。

ATSミス防止で駅改造へ

ATS=自動列車停止装置のスイッチを入れ忘れたまま電車を走らせるミスが今年相次いだ奈良県五條市の和歌山線の駅で、ミスのきっかけとなったスイッチバックと呼ばれる構造をなくすため、駅を移設する大がかりな改造工事が行われることになりました。
改造工事が行われるのは北宇智駅です。この駅は、蒸気機関車が走っていた時代のなごりで、構内に入った電車がいったんバックして引き込み線に入った後再び前に進む、スイッチバックと呼ばれる特殊な構造になっているため、運転士が車両の前後の運転席を2度にわたり移動する必要があります。その際、ATSのスイッチを入れ忘れたまま電車を走らせるミスが今年3月に2回相次ぎました。
JR西日本は再発防止策を検討した結果、ミスのもとになったスイッチバック自体をなくす必要があるとして、線路を直線に敷き直す大がかりな改造工事を行うことにしました。
この工事に伴って、北宇智駅の場所も北側に110メートル余り移設されることになり、総工費は1億7000万円余りかかるということです。
JR西日本は今月中にも工事に着手し、来年3月のダイヤ改正をメドに新しい線路での運行を始めることにしています。

投稿者 うえの : 12:18 | トラックバック

2006年12月05日

【南海】高野線・鋼索線の駅

11/18に乗った南海高野線の主要駅を写真でご紹介します。

橋本駅

南海高野線橋本駅接続駅である和歌山線橋本駅を望んでいます。
駅の近くに煉瓦造りの銭湯らしき建物を見かけました。今度途中下車して探索してみたいです。

高野下駅

南海高野線高野下駅山あいの集落にある駅です。
こじんまりとして味わいある静かな駅です。

極楽橋駅

南海高野線極楽橋駅鋼索線との接続駅、極楽橋駅の改札口です。
あまりに貧弱ですがこれも味のうち・・・?

鋼索線高野山駅

南海鋼索線高野山駅極楽橋とはまるで違う立派な構えの高野山駅です。ここが霊場への玄関口で駅前はバスが何台も行き来できる広さです。駅舎二階には南海電車の歴史が鉄道備品や写真などと共に展示されています。展望が出来る待合室もあって窓の外には錦秋の山の風景が広がっていました。
昭和5年の建造という歴史ある駅舎です。

参考:▼街の駅再発見 高野山駅(大阪日日新聞)

投稿者 うえの : 09:55 | トラックバック

2006年07月21日

【京都】山陰乗り場の機回し線

機回し線がある京都駅山陰乗り場

京都駅の山陰本線乗り場は今でこそ電化されていますが、非電化の状態が比較的遅くまで残っていました。主力となるのは気動車と客車でした。京都に到着した客車列車は一旦機関車を切り離します。そして機関車だけが機回し線と呼ばれるちょっとした枝線に入ります。上の写真でいえばキハ58の先に伸びている線路です。それから写真のキハ181が止まっている隣の線路を逆方向に通って客車の逆側の先頭に連結され発車を待つという仕掛けです。
民営化後もしばらくは客車列車の運用が残ったため、この機回し線も客車列車がなくなるまで存在していました。

投稿者 うえの : 13:51 | トラックバック

2006年03月19日

【北海道】函館本線張碓駅

昨日からダイヤが改正されています。これに伴う寝台特急「出雲」の廃止や東京駅口からの113系引退などのニュースが多く伝えられましたが、そのかげでひっそりと消えていった駅がいくつかあるようです。そのうちの一つ、函館本線の張碓駅のことが北海道新聞でとりあげられていました。何度か乗ったことがある区間なのに冬に旅することが多かったせいかこの駅に止まる列車には一度も乗ったことがありません。
海に近い駅といえば同じ北海道では釧網本線の北浜駅、他に信越本線青海川駅、鶴見線海芝浦駅などが有名です。しかしいずれも海と断崖に挟まれるような場所ではなく、この張碓駅はその点では変り種だったようです。
北海道のローカル駅には車掌車を流用した駅舎(といえるかどうか)が多く、一方で大きい駅は近代的なコンクリートで出来たものが主流の今、木造の駅舎というだけで人の手の温かさを感じます。
以下、北海道新聞オンライン版の記事からの抄録です。

消える「秘境」張碓駅 ダイヤ改正で廃止、ファンから惜しむ声も

2006/03/18 09:09


函館線の朝里−銭函間にある張碓駅が、十八日のダイヤ改正に合わせて廃止され、百一年の歴史に幕を下ろした。列車が止まらないうえ、日本海と断崖に挟まれている駅周辺の地形から「秘境駅」として知られただけに、鉄道ファンから廃止を惜しむ声も聞こえる。
JR北海道が十八日の改正で廃止した駅は、張碓と学園都市線の中富徳(空知管内新十津川町)、室蘭線の旭浜(渡島管内長万部町)など七駅。張碓駅は一九○五年(明治三十八年)、道内初の鉄道の手宮(小樽)−札幌間に、海岸沿いの新駅として誕生した。同社は「鉱石採掘の目的でつくったようだが、経緯はよくわかっていない」と説明する。
(中略)
JR北海道は、解体作業用の道路を整え、駅舎を覆う雪が解ける春以降、取り壊す予定だ。

投稿者 うえの : 11:42 | トラックバック

2006年03月16日

【愛知】名古屋鉄道瀬戸線

お堀電車

某月某日。といっても正確には昭和51年2月15日のこと。
名鉄瀬戸線堀川駅にて土居下−堀川間廃止に因むお別れ電車を撮影しました。

前身が瀬戸電気鉄道という会社であることから瀬戸電とも呼ばれます。名古屋城の外堀を走る面白い路線です。本町というところには狭い橋の下を抜けるために複線の線路を互い違いに敷いて幅を縮めるガントレットという軌道も珍しい特徴の一つでした。最期の日は天気にあまり恵まれませんでしたが、それでもたくさんの人が乗り納めに来ていました。当時、お別れの記録といえば写真と音声だけの録音が主流です。大きいオープンリールのデッキをかついで走行音を録音している人も何人かいました。今はDVDなどが普及して絵も音も出ますが、音だけの記録も想像力や旅情が掻きたてられてなかなか良いものです。

当初の画像は左右が逆になっていました。お詫びして訂正いたします。(2006年3月31日訂正)

投稿者 うえの : 10:24 | トラックバック

2006年03月13日

【山形】奥羽本線関根駅

奥羽本線関根駅某月某日。奥羽本線関根駅にて。
新在直通特急を通すための標準軌化工事が進み、客車列車が廃止される直前の頃の様子です。
客車列車は遅いと思いがちですがわずか2両や4両の編成ですと機関車にはかなり余力があるらしく、電車並みの俊敏な走りに驚きました。牽引機は板谷峠専従のEF71です。冷静に考えると3700psに近い高出力の普通列車が日常の足だったとは、運用の都合とはいえかなり贅沢なものですね。

投稿者 うえの : 04:24 | トラックバック

2006年03月12日

【新潟】北陸本線親不知駅

北陸本線親不知駅某月某日。
北陸本線親不知駅にて。今はなき北陸ワイド周遊券で訪れました。昔は波が荒いこのあたりの海岸を命がけで往来し、不運にも波に呑まれて亡くなる人が多かった。幼い頃にそんな話を聞いていて、どんなところかとふと降りてみたくなったのでした。
駅の近くには歌という集落があるそうな。次の電車まで時間があるので歩いてみても良かったけれどなんとなく駅でぼんやり過ごしました。線路の向こうには北陸道が視界の障碍となって聳え、荒々しいであろう海の姿はわずかしか望めません。そういえば今から10年ほど前に北陸道でこの線路際を通過したことがありました。夜中のドライヴだったので全然景色は覚えていません。ここはまたいつか普通列車で訪れてみたい駅のひとつです。

投稿者 うえの : 05:00 | コメント (2) | トラックバック

2006年03月11日

【三重】名松線伊勢奥津駅

名松線伊勢奥津駅某月某日。名松線伊勢奥津駅にて。
民営化直後の頃に訪れました。当時は単行の気動車が一日八往復していました。ローカル線とはいえ営業キロはおよそ43kmあり、京都と大阪の間に相当します。蒸気機関車時代の給水塔が残る小さな駅です。
名松線はもともと松阪から名張までを結ぶつもりであったようですが事情により軌道は松阪から伊勢奥津までです。伊勢奥津から名張までは三重交通のバスが平日は一日3便あるようです。春には付近にある三多気の桜を見に来る人で賑わいます。

投稿者 うえの : 05:00 | トラックバック

2006年03月10日

【山口】山陰本線長門古市駅

山陰本線長門古市駅

某月某日。山陰本線を下る旅にて。

今から15年ほど前、友人と二人で急行「ながと」に乗って下関へ。前夜泊まった長門市を出て次に停車したのがこの長門古市駅です。ふと駅名標を見るとどうしたわけか柱には「ながとふるいち」と書いた鉄板が上下逆に打ち付けてあります。よく確認しないで取り付けてしまったと思われます。今はもう直っているでしょうか。

投稿者 うえの : 05:00 | トラックバック

2006年03月09日

【青森】青森駅

青森駅

某月某日。青森駅にて。

青森駅は東北本線、奥羽本線、津軽線(海峡線)が集中するたいへん忙しい駅です。青函トンネルが開通するまでは青函連絡船との乗り継ぎの役目も果たしていました。また、雪混じりの風が吹き付ける中、乗り場で食べる立ち食いそばも美味しくて東北や北海道へ汽車で出かけると行き帰りに必ず食べたほどです。いつか時間を見つけてまた食べに行きたいです。
上の写真は分割民営化後間もない頃に撮りました。機関車が牽く普通列車が当たり前のように見られた時代です。
この列車は上野行きの寝台特急を見送り間もなく発車します。

投稿者 うえの : 01:22 | トラックバック

2006年03月08日

【滋賀】湖西線近江今津駅

湖西線近江今津駅

某月某日。湖西線近江今津駅にて。
写真は敦賀行きの普通気動車。

74年7月に湖西線が開通して間もない頃、母にせがんで乗りに行った時のスナップです。74年当時の時刻表によれば、京都を12:02に出る470Mに乗って近江今津には14:11着。写っているキハ55の2両編成は470Mの到着を受けて14:16に発車した敦賀行き8643Dと思われます。永原と近江塩津の間で直流と交流の切り替え区間があるため変電の手間がかからない気動車が短区間の連絡に使われました。ただし本数は極端に少なく、朝・午後・夜の3往復だけでした。
この日に乗った113系電車は冷房を備えていて、車内は寒いくらいだったのを覚えています。普通電車に冷房がないのは珍しくない時代だったこともあり湖西線の第一印象は良好でした。
なお優等列車は開通翌年の春まで米原経由で運転されており、速達列車は堅田または近江今津まで乗り入れる新快速だけでした。

■参考

113系700番台 113系0番台

写真左が登場当時の湖西線用113系。右が同じ時代に走っていた古式ゆかしき113系の初期車。冷房はついていません。写真では見づらいですが後ろから数えて4両目にグリーン車を連結しています。関西地区では1980年まで普通電車にもグリーン車が連結されていました。

投稿者 うえの : 04:15 | トラックバック

2006年03月05日

【岐阜】東海道本線岐阜駅(地上時代)

地上時代の岐阜駅

某月某日。地上時代の東海道本線岐阜駅です。

高架となって久しい岐阜駅ですが、それまではもちろん地上にありました。奥に見えている汎用気動車は高山本線へ向け出発を待っています。
今となってはどうしてこのような写真を撮ったのか自分でも分かりませんが、急行列車で東海道を下るのが嬉しくて車窓から見るものをあれこれ撮影していたものと思います。他にもなにやら意味不明の写真が少し残っています。
乗っていた急行列車は午前10:00東京発西鹿児島行きの1101レ「桜島」で、日豊本線経由の「高千穂」を併結し丸一日以上かけて走破していました。
写真を撮った1974年頃の時刻表によれば1101レの岐阜発は15:49。高山本線の高山行き普通気動車731Dは岐阜駅発車が15:50とあります。この731Dがおそらく写真の気動車なのでしょう。

投稿者 うえの : 05:00 | トラックバック

2006年03月04日

【京都】叡山電鉄鞍馬線鞍馬駅

叡山電鉄鞍馬駅

某月某日。叡山電鉄鞍馬駅にて。牛若丸で有名な鞍馬寺の最寄駅。

元々は京福電鉄の路線だったのですが経営上の理由から京福本体から切り離されて叡山電鉄となり、現在は京阪電鉄の子会社となっています。叡山電鉄の設立は1985年ですから路線自体は大正から昭和にかけての開業と古いですが会社としてはまだ若い。日頃はのんびりしていますが秋になると鞍馬線は紅葉見物で賑わいます。
写真のデナ21は平成の始めに引退し現在鞍馬駅に運転席部分が保存されています。

投稿者 うえの : 05:00 | トラックバック

2006年03月02日

【長野】飯山線飯山駅

飯山線飯山駅

某月某日。飯山線飯山駅にて。
以前ご紹介した戸狩野沢温泉駅と同じ日の旅です。

普通気動車でゆっくり旅をしつつ暮れゆく窓外を眺めるのは楽しくもあり寂しくもある。少し複雑な気持ちですがこんな旅がいつまでも続けられたら良いなと写真を見て改めて思います。

投稿者 うえの : 04:19 | トラックバック

2006年03月01日

【福井】京福電鉄福井駅

京福電鉄福井駅

某月某日。京福電鉄福井駅にて。
車両は元・阪神3301形から作った2204。
方向幕に見える「東古市」とは今の「永平寺口」のことです。

京福電鉄は2000年から2001年にかけてのほぼ半年間に2度も正面衝突事故を起こして事業停止となりました。2003年に第三セクターえちぜん鉄道としてからくも復活となりましたが永平寺線は廃止されました。
なお写真の2204と同じ系列の2201が2001年の正面衝突事故に遭い廃車となっています。

投稿者 うえの : 04:36 | トラックバック

2006年02月28日

【長野】信越本線軽井沢駅

軽井沢駅

某月某日。信越本線軽井沢駅にてEF63を連結する特急「あさま」上野行き。

信越本線の軽井沢〜横川間には碓氷峠という在来線区間では最も急な66.7‰の勾配がありました。列車が安全に峠を上下するには強力な装備を持つ電気機関車EF63の力を借りなければなりません。機関車の連結・切り離しの作業のため忙しい現代にあっても軽井沢、横川では特急電車といえども何分か停車していました。横川ではおぎのやの「峠の釜めし」がよく売れました。
1997年にの急勾配区間は廃止され、代わりに北陸新幹線が輸送の任についています。

投稿者 うえの : 05:00 | トラックバック

2006年02月27日

【岐阜】名古屋鉄道美濃町線新関駅

名鉄新関駅某月某日。名鉄美濃町線新関駅にて。
美濃町線は昨年の春に廃止された名鉄の軽便な線区のひとつです。写真の新関駅と美濃駅間はそれより前、1999年に廃止されています。
小さな駅で小さな電車が来るのを楽しみに待つこの子の胸に名鉄の赤い電車が楽しい思い出となって残っていますように。

投稿者 うえの : 05:00 | トラックバック

2006年02月25日

【福井】北陸本線敦賀駅

北陸本線敦賀駅某月某日。北陸本線敦賀駅にて。
冬のある日、青春18きっぷで日帰りの汽車旅をした時のスナップです。列車の窓から撮りました。
北陸本線は特急列車が高速で行き交う日本海側の動脈路線です。しかし普通列車は特急とは全く逆にのんびり走っていて、大きい駅では浮世離れしていると思えるほど長い間停車することすらあります。その理由は大まかに2つあります。一つは特急待ちをするのともう一つは時刻表の上では列車番号が変わって別の列車になるものの車両はそのまま米原方面へ行くためそのまま次の発車までじっと待機するためです。
使われている車両には寝台特急を改造した妙な形の電車や国鉄の時代からほとんど姿を変えていない元・急行用電車もあって旅する雰囲気は満点です。ちっとも前に進まない古き良き鈍行列車時代の気分を味わっている変人がいる一方で列車に興味ない人は早く進め、おんぼろめ!と思っているかも知れません。しかしこのおんぼろさがまたたまらない訳で、用事がない以上は高い特急料金を払って急ぐこともなかろうと思います。そんな金があるならビールを飲む方がよい。
駅の売店で弁当やビールを買い込んでゆっくり発車を待つのは楽しい時間の浪費です。

投稿者 うえの : 05:00 | トラックバック

2006年02月24日

【富山】富山港線岩瀬浜駅

富山港線

某月某日。富山港線岩瀬浜駅の近くにて。
国鉄末期に施された美的感覚を疑う赤葡萄酒色の455系3連です。

美しい雪山を背景に走るこの路線は残すところあとわずか、今月28日限りで廃止されます。4月29日からは路面電車化され富山ライトレールとして生まれ変わります。開業日から来年3/31までは平日昼間時間帯と土・日・祝日の運賃(均一)は通常200円のところが100円に半額となるそうです。

投稿者 うえの : 05:00 | トラックバック

2006年02月23日

【熊本】熊本市交通局

熊本市交通局

某月某日。水前寺公園付近にて。

雨が降る中、なんとなく熊本の街を彷徨っていたときに撮ったスナップです。電車の正面に出ている「2」という番号は2号系統という意味でしょうか。何度か乗っている路面電車ですがなぜかあまり記憶にないのです。今は低床車が導入されるなど使いやすい電車になっているようですね。

投稿者 うえの : 05:00 | コメント (2) | トラックバック

2006年02月22日

【京都】宮津線網野駅

宮津線網野駅

某月某日。宮津線網野駅にて。

今は北近畿タンゴ鉄道として現存する第三セクター路線です。写真は今からおよそ17年前、第三セクター化される直前のものです。

投稿者 うえの : 04:22 | トラックバック

2006年02月21日

【富山】氷見線能町駅

氷見線能町駅

氷見線能町駅にて。

加越能電車の駅から乗り換えた時のスナップ。国鉄民営化後間もない頃でまだ古い気動車が主役で働いていました。簡素な駅ではありますがどことなく味があります。

投稿者 うえの : 05:00 | トラックバック

2006年02月20日

【千葉】小湊鐵道上総中野駅

小湊鐵道上総中野駅某月某日。小湊鐵道上総中野駅にて。
構内がかなり広いのが特徴です。

投稿者 うえの : 05:00 | コメント (2) | トラックバック

2006年02月19日

【長野】飯山線戸狩野沢温泉駅

飯山線戸狩野沢温泉駅

某月某日。飯山線戸狩野沢温泉駅にて。

国鉄分割民営化後間もない頃のスナップ写真です。当然ではありますがまだ国鉄型気動車が主役でした。経年劣化が激しいよれよれのキハ52で飯山線を走りぬけたのも今では良い思い出となっています。

投稿者 うえの : 05:00 | トラックバック

2006年02月18日

【福岡】鹿児島本線南福岡駅

鹿児島本線南福岡駅

鹿児島本線南福岡駅にて通過列車を待つ。

鹿児島本線は九州の動脈幹線ですが、夜が遅くなると賑やかな博多駅に近い区間でも駅によってはひっそりとしています。いつもは特急で慌しく通り抜ける区間をたまには普通列車で旅してみるのも楽しいです。
鹿児島本線南福岡駅は1966年に雑餉隈駅から改称。

【雑餉隈】  ざっしょのくま

投稿者 うえの : 05:00 | トラックバック

2006年02月17日

【青森】下北交通大畑線

下北交通大畑線田名部駅にて

某月某日。下北交通大畑線田名部駅にて。

元・国鉄大畑線。国鉄民営化に際して下北交通が引き取って運転を続ける。写真のキハ85−2は国鉄のキハ22−150を手直ししたものだそうです。2001年3月31日を持って運転終了、廃止。
日本エアシステム(当時)の機長さんらが中心となって出来たNPO法人が大畑線キハ85動態保存会を主催して気動車、列車施設の保存に努めていらっしゃいます。

【1990年3月10日改正の列車時刻(日本交通公社版時刻表1990年3月号参照)】
1D 下北 642 → 田名部 649 → 大畑 712
0D 大畑 610 → 田名部 634 → 下北 640
19D 下北 2030 → 田名部 2037 → 大畑 2100
18D 大畑 1955 → 田名部 2019 → 下北 2025
下北〜大畑 営業キロ 18.0km 運賃 350円(同キロ程の地方交通線運賃は当時310円)
2001年廃止

投稿者 うえの : 05:00 | トラックバック

2006年02月16日

【京都】京都駅山陰のりば

急行丹後

某月某日。京都駅山陰本線の乗り場から発車する急行丹後。

民営化後間もない頃、駅ビルが出来る前の時代です。山陰のりばは国鉄の頃と比べて機関車の機回し線が撤去され、乗り場にはアスファルトが敷かれるなど少し改装されています。関空特急はるかもまだない頃でした。
京都駅では比較的遅くまでグリーン車を組み込んだ国鉄色のキハ28・58系急行編成を見ることが出来ました。

投稿者 うえの : 05:00 | コメント (1) | トラックバック

2006年02月15日

【京都】京阪電鉄京津線

京津電車80系(95)某月某日。京阪京津線の80系電車。三条駅にて。
京都市営地下鉄東西線開通に伴い、1997年に三条〜御陵間の併用軌道部分などは廃止となりました。

投稿者 うえの : 05:00 | トラックバック

2006年02月13日

【兵庫】山陽本線和田岬駅

和田岬駅

某月某日。山陽本線和田岬支線和田岬駅にて。
客車運用はすでになく現在は103系電車にて運転。

投稿者 うえの : 05:00 | トラックバック

2006年02月12日

【茨城】常磐線平駅

常磐線平駅

某月某日。常磐線平(現・いわき)駅にて。
455系電車がまだ国鉄色で定期運用に就いていた頃。
(1994年12月に駅名改称)

投稿者 うえの : 05:00 | トラックバック

2006年02月11日

【兵庫】鍛冶屋線鍛冶屋駅

鍛冶屋線鍛冶屋駅

某月某日。鍛冶屋線鍛冶屋駅にて。

【1972年3月15日改正の列車時刻(日本交通公社版時刻表1972年4月号参照)】
721D 西脇 551 → 鍛冶屋 613
758D 鍛冶屋 2156 → 西脇 2217
野村〜鍛冶屋 営業キロ 13.2km 運賃 60円
1990年廃止

投稿者 うえの : 05:00 | コメント (2) | トラックバック

2006年02月10日

【和歌山】紀州鉄道日高川駅跡

紀州鉄道日高川駅跡

某月某日。紀州鉄道日高川駅跡にて。

【1977年6月2日現在の列車時刻(日本交通公社版時刻表1977年7月号参照)】
御坊 616 → 日高川 627  日高川 2112 → 御坊 2123
御坊〜日高川 営業キロ 3.4km 運賃 170円(同キロ程の国鉄運賃は当時70円)
日高川〜西御坊 1989年廃止

投稿者 うえの : 05:00 | トラックバック

2006年02月08日

【岡山】同和鉱業片上鉄道片上駅

同和鉱業片上鉄道片上駅構内

某月某日。同和鉱業片上鉄道片上駅構内にて。

【1977年6月2日現在の列車時刻(日本交通公社版時刻表1977年7月号参照)】
片上 600 → 柵原 728  柵原 1634 → 片上 1757
片上〜柵原 営業キロ 33.8km 運賃 350円(同キロ程の国鉄運賃は当時270円)
1991年廃止

投稿者 うえの : 20:21 | トラックバック

2006年02月07日

【京都】山陰本線山家駅

山陰本線山家駅

某月某日、冬。山陰本線山家駅にて。

投稿者 うえの : 00:01 | トラックバック