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2007年03月17日

【18きっぷ】直流化後の敦賀へ

旅仲間と共に敦賀方面へ出かけました。昨年の秋に北陸本線敦賀以南の交流区間が直流化されて以来、初めての訪問です。
まずは国鉄色の113系に乗って京都駅から湖西線経由で北上します。11:56発の堅田行き2826Mは強風のために約2分遅れて発車しました。8両もつないでいるせいか車内は空いていて余裕で弁当を広げることが出来ました。旅仲間と食べる弁当は美味しい。各駅停車でのんびり進みながら食べるのはちょっとした贅沢です。ちょうど食べ終わる頃に終点の堅田に到着しました。後続の列車に乗り換える間に貴重となりつつある国鉄色113系を撮影しますが、列車が遅れるだけあって風が強い上に寒い。適当に切り上げて風が当たらないところに引き上げます。
15分ほど待って8両編成の223系近江今津行きに乗り換えます。走り始めても強風で速度が上がりません。急ぐ旅ではなし。近江舞子付近では琵琶湖の向こうにくっきり見える賤ヶ岳や伊吹山などの雪山をゆっくり楽しむことができました。

いくらか遅れて到着した近江今津駅で途中下車します。冷たい風の中、駅の周りを散策してみました。
駅前の商店街は人気(ひとけ)がなく、虚しくBGMだけが流れています。営業中の店舗を覗いてみてもお客さんはいませんでした。
駅から少し離れたローソンで飲み物などを仕入れます。そばに怪獣を配し何本も三色ねじり棒を組み合わせた賑々しい床屋があるほかは酒屋さんがある程度でやはり寂しい雰囲気でした。
13:45発の敦賀行きは編成を分割して4両となります。車内の座席はほぼ埋まっています。直流化以前はこれほど込むことはありませんでした。直流化されてから日中は毎時1本が永原以遠へ行くことになり、用務客が確実に増えていると言えます。途中、観光地のマキノ駅と北陸本線に接続する近江塩津駅で下車客が目立ったほかは敦賀までほとんどのお客さんが乗り通しました。
敦賀駅では乗車を待つ人が群れをなして待っています。扉が開くとどっと乗り込んできました。降りる人が先だろうと内心不快に思いつつも焦って乗らないと座れないのですから人を押しのけてでもという気になるのは分からないでもありません。が、これでは五輪開催を控え北京でやっているマナー向上運動のことは笑えませんな。
つづく・・・

投稿者 うえの : 19:00 | コメント (2) | トラックバック

【18きっぷ】419系との再会

敦賀駅から普通電車に乗り換えてさらに先へ進みます。
電車は419系という、国鉄時代は寝台特急として使われていたものを改造した編成です。三段寝台を収める車体は屋根が高く、大柄な車体は重厚感にあふれています。その形状と白い車体色から俗に食パン電車と呼ばれています。
車内は旅客用寝台として設計されたため、立ち客が増える通勤・通学時間帯には向かない狭いしつらえになっています。立って乗るにはきつい車両ですがベッド兼用の座席は幅がおよそ1m強あり、ゆったり座って旅を楽しめます。中段の寝台を支持するための分厚く頑丈な座席は向かい合わせ4人がけのボックス席ですが広さには余裕があり、他の近郊電車みたいな窮屈さは感じません。ただ窓は水垢がこびりついて大変汚らしく、車窓が楽しめないのは残念で仕方ありません。次回乗ることがあれば洗浄用のたわしで擦ってやろうかと思うほど汚れています。
大きく重い電車はモーター音を唸らせ駅間距離が適度に離れている北陸本線を快走します。車齢はおそらく30年を超えているでしょう。細かい部分を見れば相応の経年劣化が見られますが乗り心地に関してはまだまだ行けそうな印象でした。
当初はこのまま福井まで乗って行くつもりでしたが、思うところがありまして手前の武生で下車することとなりました。
つづく・・・

投稿者 うえの : 18:59 | トラックバック

【18きっぷ】福井鉄道武生新駅

武生新で下車して福井鉄道武生新駅へ向かいます。
今日の訪問を前に福井鉄道では旧式車両のほとんどをほぼ引退させました。その代替として名鉄から譲り受けた車両が走り始めました。廃止となった岐阜市内線などで活躍した車両たちです。
という訳で新天地で走る元・名鉄の車両をいくつか観察してみました。

m770_01.jpg

名鉄からやってきたモ770形。

m880_01.jpg

こちらも名鉄から移籍のモ880形。これはコカ・コーラのラッピング車体となっています。

m200_01.jpg

そしてこれは福井鉄道古参のモ200形です。
昔懐かしい湘南型の正面二枚窓が特徴の福井鉄道オリジナルの車です。
新製年度は昭和35年。

つづく・・・

投稿者 うえの : 18:58 | トラックバック

2007年03月10日

【滋賀】住友大阪セメント伊吹工場専用線

住友大阪セメント伊吹工場専用線廃線跡

1999年6月28日に廃線となった住友大阪セメント伊吹工場専用線の廃線跡です。
現役当時は東海道本線近江長岡駅から分岐して北上し、東海道新幹線と交差して伊吹山麓の工場へと線路が伸びていました。
写真は伊吹薬草の里文化センターすぐそばを通る廃線跡です。このセンターに併設されている薬草風呂はセメント工場の廃熱を利用しているとは95年開設当時の情報です。住友大阪セメントでは2005年に伊吹工場でのセメント生産を終了しています。

住友大阪セメント伊吹工場専用線廃線跡

当時をしのぶ形でうまく廃線跡が整備されつつあるようで、まったく痕跡を残さないやり方とは違って好感が持てます。後々の歴史の勉強のためにもなるでしょう。

投稿者 うえの : 16:05 | トラックバック