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2006年11月30日

【岐阜】神岡鉄道きょう限り

神岡鉄道おくひだ1号

国鉄神岡線を引き継いで営業を続けていた神岡鉄道が今日をもって廃止となりました。過去に一度だけ乗ったことがあります。猪谷という今にも猪が出そうな山あいの駅を出るとトンネルがいくつも続きます。単行の気動車は座席に飾り物の囲炉裏がしつらえてあり、日常の足とは趣が違うという雰囲気があります。
大きな収入源であった貨物輸送がなくなったことから廃止を余儀なくされてしまったと聞きますが、一方で観光路線としての存続を図る案も浮上しています。以下に引く共同通信配信、中日新聞社の記事によれば三井金属鉱業がまとまった金額を寄付するとのことです。全くの廃止とはならない。そんな希望がまだ残されています。

神岡鉄道廃線で別れ惜しむ
営業最終日に住民やファン

岐阜県飛騨市神岡町と富山市猪谷を結ぶ第三セクター「神岡鉄道」(19.9キロ)が30日、最終営業日を迎えた。奥飛騨温泉口駅には、朝から大勢の市民や鉄道ファンが詰め掛け、“地域の足”との別れを惜しんだ。
1984年に国鉄神岡線を引き継いでスタートしたが、自家用車の普及で利用者が年々減少。コスト削減などの効果も上がらず、赤字が拡大し、昨年8月の株主総会で運行継続の断念が決まった。
廃線後は、筆頭株主である三井金属鉱業が鉄道存続に向けて十数億円を寄付する意向で、地元の飛騨市は観光鉄道としての再利用を目指している。
(共同)
(2006/11/30)

(引用記事は一部略しています。また漢数字をアラビア数字に直しました)

また、同じく中日新聞の30日付け別記事では以下のように記されています。

【飛騨】神岡鉄道ありがとう
駅で住民らセレモニー

30日を最後に廃線を迎える飛騨市神岡町の第三セクター「神岡鉄道」奥飛騨温泉口駅で29日、俳優の関口知宏さんを招いた「ありがとう神岡鉄道 ふれあいセレモニー」が開かれた。神岡小学校の3年生77人が同鉄道について調べた成果を発表し、これまでの運行努力に感謝した。(島崎諭生)

(中略)
最後に児童たちが、おくひだ号の写真を丸く切り抜いて、裏に感謝の手紙を張ったメダルを社員にプレゼント。社員からも、レール文鎮や硬券セットなどを贈った。鹿江政二社長は「みんな感激している。休まず走らせることが、どれだけ大変か分かってくれたと思う。まだ鉄道の未来に向けて検討しており、皆さんのために何とかしてあげたいと思っている」と感謝した。

前回乗ったのは夏でした。次に乗れるとすればぜひとも冬に乗ってみたいです。車窓はきっと素敵な雪景色となっていることでしょう。

投稿者 うえの : 22:04 | トラックバック

2006年11月18日

【奈良】近鉄けいはんな線

きょうは近鉄けいはんな線と南海高野線に乗ります。けいはんな線は今年の3月27日に開業した新線です。もっと早く乗るつもりが延び延びになっていてようやく機会に恵まれました。長距離の乗車となりますのできっぷはスルッとKANSAI・3Dayチケットを用意しました。
始発の近鉄京都線に乗り、乗換駅の生駒駅まで行きます。東の空が明るくなり始めています。新線は生駒から学研奈良登美ヶ丘までの8.6kmをおよそ10分で結びます。途中駅が二つしかないとはいえ、地下鉄車両としては比較的速い運転です。
この区間が開通するまでは生駒〜長田間が既存路線で、線路名称は東大阪線でした。大阪市営地下鉄中央線と相互乗り入れする関係上、別線扱いなのか近鉄奈良線から改札内で乗り換える際も中間改札を通る必要があります。
空がかなり明るくなった午前6時38分、定刻に大阪市営地下鉄の編成が入線します。早朝の車内はがらがらですが先頭に立ちます。2分停車ののち発車した電車はやや速度を上げ、奈良線東生駒駅の横を左へ逸れて通過すると長いトンネルに入ります。しばらくは胸がすくような直線が伸び、そののちは緩やかな曲線となります。真新しく、見るからに規格が高そうなトンネルであり、その分かなりの建設費がかかっていそうです。
ようやくトンネルを抜けると最初の停車駅、白庭台に停まります。乗る人はほとんどいません。発車すると再びトンネルです。こちらはすぐに走り抜け、丘陵地をしばし走ると学研北生駒駅に到着です。拾う乗客はここでもわずか。いくつかトンネルを抜けて終点の奈良登美ケ丘駅には6時49分の到着でした。
改札を出て駅の北側へ行ってみます。駅前には続々と自家用車が乗りつけ、車から生徒が降りてきます。土曜日とはいえ学校があるのでしょう。
駅前の道から見下ろす位置に国道163号線が走り、あとわずか数キロ東へ行けば京都府に入ります。近鉄京都線の高の原駅と接続するのは難しくない距離ですが簡単に事を運べない事情もあるようです。
折り返しは7時1分のコスモスクエア行きで、来たのと同じ電車です。ただし座席がほどよく埋まるほどには乗客があり、通勤、通学列車の役割をしっかり果たしているのが分かります。駅を辿るに従って乗客が増え、往路は全く込み具合が違う通勤電車本来の車内風景となりました。
以下、近鉄生駒ケーブルに続く・・・

投稿者 うえの : 23:50 | トラックバック

【奈良】近鉄生駒鋼索線

生駒駅を出て今度は近鉄生駒鋼索線というケーブルカーに乗ります。まずは鳥居前駅から宝山寺駅までの宝山寺線です。営業キロは0.9kmです。
大正7年に開業した日本最古の鋼索線で、2000年までコ1形という国内最古参のケーブル車両が活躍していました。現在は犬と猫を題材にした新型ケーブルカーが導入され、山上遊園地「スカイランドいこま」へ行く子供たちが楽しく乗れる路線となっています。
始発の鳥居前駅は近鉄奈良線生駒駅から駅ビルの遊歩道を通って乗り換えます。早朝という時間帯でもあり、駅内は閑散としていました。発車まで時間がありますがすでに一両停まっています。前面が猫の顔をした「ミケ」という車両です。首には鈴がついた蝶ネクタイを結んでいます。大人が乗るにはやや気恥ずかしさを感じますが遊びに来る幼い子供にとっては面白い車なのだと思います。
山岳路線ゆえか扉は車内保温のために半自動扱いで乗客は開閉ボタンを押して乗降します。
発車時刻が来て若い運転士が乗り込むと乗客がほとんどないままケーブルカーは7時20分定刻に発車しました。駅をゆっくり発車し、そのまま加速するでもなくのんびりと上がっていきます。軌道は複線でゆったりしており、勾配が緩やかであれば中型車でも余裕で走れそうな印象です。沿線に見える風景はすべて住宅地であり、よくぞこのような険しい土地に家を建てたと思います。駐車場の車は全て窓が白く、気温の低さが下界と違うことがわかります。途中駅はなく、わずか5分ていどで中間駅の宝山寺に到着します。
生駒山上まで行くにはここで乗り換えです。が、次の発車まで50分ほども時間があるため生駒聖天寳山寺へお参りします。宝山寺駅は改札があってないようなところで、一昔前に田舎で見られたようなローカル駅みたいな風情があります。どこからともなく汲み取り式の時代を思い出させる便所の臭いも漂ってきます。なお鳥居前〜生駒山上間の乗車券がある場合は宝山寺駅での途中下車が可能です。
参詣路ともなっている駅前には宿屋が並んでいます。残飯にありつけるのか野良猫が矢鱈と多くいます。猫写真を撮ってみたい人には面白い街でしょう。案内板の地図に従って歩き、灯篭がずらりと並ぶ参道を抜けると寳山寺に到着しました。早朝にもかかわらずお寺はお参りの人が多く見えていて活気があります。本堂で手を合わせ紅葉が綺麗な境内を簡単に一回りした後、御朱印を頂きます。日頃はろくにお経も唱えない不信心者ですが、御朱印を頂くときはさすがに神妙な気持ちになります。
駅へ戻って今度は生駒山上までの1.1kmを結ぶ山上線に乗ります。こちらの車両も賑やかに装飾されており、あとで調べてみると「スイート」と名乗る車両のようです。車体上部にラッパを吹く天使が向き合い、下部はピンク地に白い飾りがついています。モチーフはケーキらしい。これも子供が喜びそうな柄なのでしょうか。ここまでされるとよく分かりません。車内にはすでにおっさんやおばさんが乗り込んでいます。この時間から遊園地へ行くとすれば職員の方々なのでしょう。
発車するとしばらくは排水溝のようなトンネルの中を走ります。出だしから味気ない路線と思ったのも束の間、トンネルを出るとちらほら見える紅葉と眼下に広がる雲がたなびく風景に目を瞠りました。梅屋敷、霞ヶ丘と味わいある名前の駅に順に停まり、7分かけて生駒山上に到着します。複線の宝山寺線とは違い、こじんまりとした単線軌道は短い乗車時間ながら旅情がわく面白いものでした。雪景色の中を昇れば紅葉の今よりも美しい車窓が楽しめるのではないでしょうか。
以下、南海高野線に続く・・・

投稿者 うえの : 23:45 | トラックバック

【和歌山】南海高野線

近鉄生駒から快速急行に乗って難波へ出たあと、南海難波駅で友人2人と合流します。高野山へお参りに行くのです。そして南海高野線で乗り残している北野田以遠を始末するつもりです。高野線は汐見橋−岸里玉出−極楽橋の区間が正式らしく、難波−岸里玉出は南海本線です。しかし実質的には汐見橋と岸里玉出の間は「汐見橋線」と呼ばれる、いわば支線のような扱いで、軌道敷はところによって雑草すら生えているローカル線です。
午前10時2分発の極楽橋行き快速急行に乗って出発です。通勤車両にもかかわらず車端部にボックスシートを備えた電車ですが、さすがに大人が座るには窮屈な寸法です。馬鹿話をしつつもみな視線はさりげなく車窓に注がれています。南海の駅は私鉄ではありながら旅の雰囲気を感じるものが多く、見ていて楽しい。けれども「狭山遊園」という駅が最寄の遊園地閉鎖に伴って「大阪狭山市」駅に変更されたのは少々情けない。隣にはすでに「狭山」駅があるので新駅名がうまく思いつかなかったのかもしれませんがもう少し智恵を絞って欲しいところです。
山を抜け田園を走って林間田園都市駅からは各駅停車となります。平坦路線と山岳路線の境界となる和歌山線との接続駅、橋本駅には10時50分頃に到着。
橋本からは段々と勾配が強くなり、急な曲線も増えてきます。後ろ4両を切り離して短尺4両編成となった電車はゆっくりと足元を確かめるように進んでいきます。歩みがのろいため車窓がゆっくり楽しめます。山を彩る鮮やかな紅葉が楽しく、普通の路線であれば腹が立つような速度が却って嬉しいのは身勝手というべきでしょうか。
高野下で難波行きの快速急行と交換します。静かな山あいの小さい駅です。まわりに住宅が多く地域の根幹となる駅ですが味わい深さでは高野線の中でも一、二を争うと思われます。時代を感じる書体の駅名標、木製のベンチ、構内踏み切りと、好きな人にはたまらない駅でしょう。
終点の極楽橋は鋼索線との乗り換え駅になっています。そのため構内は比較的広いつくりになっています。しかし駅の外へ出て駅舎をみると果たしてこれが本当に駅なのだろうか。首を傾げたくなるほど貧弱な姿をしています。駅から出なければ良かった。
高野線の終着駅にはちょっとがっかりしましたが橋本駅からの沿線風景は特に魅力たっぷりでした。
いつ熊が出てもおかしくない雰囲気の軌道。急曲線で響く車輪の音色。時間さえあれば何度でも乗りたくなるほどの趣があります。他の大手私鉄の路線ではあまり持たない印象です。
以下、南海鋼索線に続く・・・

投稿者 うえの : 23:40 | トラックバック

【和歌山】南海鋼索線

南海鋼索線、高野山ケーブルに乗り換えます。これまで写真でしか見たことがなかったケーブルカーです。実物を見て圧倒されました。幅が広くて長い。いや、長いというより「高い」と言うべきか。2両編成の車両はそれぞれが10mほどだから合わせて20mです。ふだん見かける電車と寸法上の長さはほとんど変わりません。しかしこの20mが横たわっているのではなく、立ち上がったその姿は圧巻です。車内は満席で立ち客があふれています。定員は260人なので、ちょっとした高さのビルが中で働く会社員らを乗せて移動するようなものです。その巨大さと比べるとさきほど乗った生駒ケーブルが可愛く見えます。先頭に立って前面を展望したければ階段を40段も50段も上がらないとたどり着けない。高野山は修行の霊場ゆえ文明の利器ですら利用するには苦行を要します。
息を切らせて乗り込むとほどなく発車しました。世界遺産に指定されたからでしょうか、独逸語を話す外国人観光客のグループが乗っています。登るにつれて眼下に広がる山の紅葉風景は他ではなかなか見ることが出来ない。美しさに感動してか外国人観光客のおばさんが嬉しそうにカメラに風景を収めています。
ケーブルカーは終点までのおよそ0.8kmを5分ほどかけて登ります。最急勾配は566パーミルをわずかに超え、高低差はおよそ330mあるとされます。景色も車両も勾配も、いずれもが大きいスケールです。
充実した5分の旅を終えて終着高野山駅に到着しました。こちらの駅舎は極楽橋駅とは対照的に寺院を模した立派な建造物です。駅前はバスが何台も待機して賑やかでみやげ物屋もあります。ここが高野山への本当の玄関口という意味なのでしょう。駅の二階には南海電車の歴史が残されています。時代を超えて残る待合室も一見の価値があります。訪問の際にはぜひ覗いてみてください。
南海りんかんバスに乗り換えて奥の院、金剛峰寺へと向かいます。あふれる乗客を運ぶためバスは臨時ダイヤで臨機応変に走っています。時刻表にはないバスの便が多く、フリー切符を持っている人にとってはかなり便利に乗れると思います。
紅葉はほぼ終わりかけとなった高野山内を参拝し、そのまま逆ルートで大阪まで帰ってその夜は少し早めの忘年会です。久しぶりに仲間で飲むビールはうまい。他愛ない話題で盛り上がり時間は瞬く間に過ぎていきます。仲間の一人ゆ爺(仮名)氏は確か昔は飲めなかったはずなのにいつしか酒豪となっている様子。慶賀の至りであります。
3dayチケットはあと2回分残っています。次に乗り残しているのは神戸電鉄や能勢電鉄の枝線、大阪と神戸の地下鉄など。どれにしようかと楽しみではありますが、正直なところ地下鉄にはあまり乗りたくないです。

(了)

(時系列順に上から読めるよう投稿時刻を修正いたしました)

投稿者 うえの : 23:35 | トラックバック