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2006年01月28日

【茨城】鹿島鉄道存続に中高生の力

28日付け毎日新聞オンライン版の記事から抄録します。

鹿島鉄道:中高生の足、存続を 公的支援継続訴え、リストバンド活動 /茨城

◇プロジェクト実行委、来月から
存続の危機にある鹿島鉄道を救おうと、沿線の中高生や住民有志が結成した「かしてつブルーバンドプロジェクト実行委員会」が、支援者を増やすためのシリコン製リストバンドを製作した。2月1日から街頭募金の協力者にも配布するほか、沿線の「カスミ」3店舗で1個100円で販売する。3月19日には、玉里村高崎の村総合文化センターで「鹿島鉄道を応援するメッセージ発信会」を開き、公的支援の継続などを訴える。
リストバンドは(中略)2月1日午後4時から、JR石岡駅前で、沿線16校の中高生がつくる「かしてつ応援団」が署名・募金活動の際に配布を始め、同鉄道の有人駅や沿線の店舗で計1万個を配る予定。集めた募金やバンドの売上金は、同鉄道の収益増加につながるような事業に充てるという。
鹿島鉄道は、乗客数の減少などから経営難に陥り、県と沿線自治体から5年間で約2億円の公的支援を受けているが、来年3月末で支援期間が終了する。(後略)【須田桃子】
1月28日朝刊
(毎日新聞) 1月28日

鉄道は大手といえども経営は大変です。規模が大きければその巨体を維持するために「お金」が必要ですし、逆に小さければその「お金」自体がなかなか入ってこない。特に地方の小さい鉄道ですと自動車の普及などで乗客離れはいかんともしがたく、知恵を絞って生き残りの方策を考えねばなりません。
そんな状況にあって会社だけが動くのではなくて沿線有志が動いてくださるのは鉄道としては幸せです。皆が皆、自動車の運転が出来る訳ではなし。通学に中学生や高校生が単車や自動車を使うことはほぼ不可能でしょう。若者が若い力を社会に前向きに活かしているこの報道を好感を持って読ませていただきました。
鹿島鉄道に限らず鉄道を趣味とする人は機会を見つけてなるべく多く列車に乗るようにしたいものです。日頃、通勤に自動車を使っている自分自身への自戒を込めて。

投稿者 うえの : 19:20 | トラックバック

2006年01月25日

【滋賀】湖西線2駅の駅名改称が延期に

25日付け毎日新聞オンライン版の記事から抄録します。

大津市:JR駅改称、先送り 費用分担増大で1年程度−−地元は失望の声も /滋賀

◇琵琶湖環状線の今秋開通で「西大津」→「大津京」/「雄琴」→「おごと温泉」
◇湖北の自治体断念のあおり
今秋の琵琶湖環状線の開通に合わせ大津市内のJR湖西線「西大津」「雄琴」の両駅名を「大津京」などに改称しようという計画について、同市が費用負担の問題から変更の延期を決めたことが分かった。市に変更を要望してきた両駅の地元では失望の声も出ている。【高田房二郎】
駅名の変更については、「西大津」の地元の皇子が丘、「雄琴」の地元住民らが、歴史遺産や温泉地であることをアピールすることで町おこしを図りたいなどとして署名活動を展開。それぞれ「大津京」「おごと温泉」とするよう市に働きかけ、市もJR西日本に要望していた。
JRが湖西線・永原―近江塩津間と北陸線・近江塩津―長浜間を直流化し、琵琶湖岸を乗り換えなしで1周できる「琵琶湖環状線」が今秋実現。これに合わせ、市の費用負担により改称する方向でほぼ話はまとまり、担当課は新年度予算で改称に伴うシステム変更費として約1億円を要求することにしていた。
しかし、同時に改称を要望していた湖北の自治体が、財政難などを理由に計画を断念。変更費の市の分担が増大することから、改称を1年程度先送りすることにした。
(後略)
1月25日朝刊
(毎日新聞) − 1月25日17時1分更新

駅名改称が「遅れる」というだけのことで立ち消えになった訳ではないので失望するほどでもない気がしますが商売で新駅名を利用しようと思っていた人にとっては戦略的には面白くないでしょう。新しいパンフレットなどで機先を制した営業をすれば経済効果もいかほどかわかりませんがそれなりに上がるのでしょう。
しかしこれら駅名変更について一言言わせて頂くなら、「おごと温泉」という平仮名駅名は何とかなりませんかね。歴史的に「雄琴」という立派な漢字表記があるのですから。なぜひらがなにすることで温泉地のアピールになるのかしら。改称といえば平成の市町村大合併で、漢字を捨ててわざわざ「ひらがな」の市町名などにしてしまった例が非常に多い。これまで漢字で書いていたのを単にひらがなに置き換えたような地名も多く、ただの発音記号化した地名表記に成り下がっているのは残念以外のなにものでもない。音から連想される心地よい感覚、語感にも乏しい。駅名に話を戻せば、東北に「ほっとゆだ」というひらがなだけの温泉駅名がありますが、こちらだとひらがなだけの駅名で情けないと文句は言いつつも降りてみたくなる「語感」らしきものは少なくとも伴っている。
漢字能力検定が人気とはいえ日本国民の漢字を読んで書く能力が低下する昨今、自分が住む市町名すら漢字で書けないとは簡単な分数計算が出来ない大学生がいることよりも情けない事態ではあるまいか。
「2006年 今年の漢字」は「○」に決まりましたというなら話は分かるしぴんと来るが「2006年 今年のひらがな」とでもなればどうであろう。今年のひらがなは「ん」だよ。「ん」。なるほど、そうかぁ。「ん」か。そういえば「ん」という年だったよなぁ。などとしみじみ「ん」という名前の居酒屋かバーで酒を飲んでいる場面などは想像したくはない。だいたい、ひらがなであれば50年もすればネタは盡きるのであり、「ゃ」や「っ」、「ぱ」などが今年のひらがなに選ばれたとすればそれはもはや漫画の世界ですらない。
改称延期を機会に「おごと」というひらがなはぜひとも漢字表記に戻されますことを。

投稿者 うえの : 19:41 | コメント (2) | トラックバック

2006年01月24日

【九州】「はやとの風」に新編成

九州の特急気動車「はやとの風」に新しい編成が加わったようです。1/16に公式発表が出されています。もとは汎用の国鉄製気動車を改造した車両ですが、手を加えればかなり立派になるものですね。九州へ行く機会(と金)がないためまだ「はやとの風」には乗っていないのですが、車内騒音はどれくらい抑えられているのでしょう。デッキがない客室ゆえエンジン音がかなり聞こえてきそうな雰囲気です。音は別にして九州の特急列車は車内のつくりに凝っているのが多いですね。中にはちょっと感覚的に合わない車もありますが概ね面白い視点で作られていて他社の列車に比べ乗車時間が楽しめるようにうまく出来ていると思います。

24日付け毎日新聞オンライン版の記事から抄録します。

JR九州:特急「はやとの風」新車両が登場−−内装を一新 /鹿児島

JR九州の特急「はやとの風」に新車両が登場し、鹿児島中央−吉松間を1日2往復している。内装に木材を使用し、バリアフリー対応の作りにするなど、よりくつろげる空間を演出している。
新車両は21日から導入され、黒色の外観は従来と同じだが、内装を一新。全席指定で、壁や窓の日よけには高級家具やバイオリンなどに使用される木材「ホワイトシカモア」が使われている。また、車両中央部には座席が窓側を向いた展望席もあり、トイレには手すりやベビーシートが設置されている。
(後略)【松谷譲二】
毎日新聞 2006年1月24日

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2006年01月23日

【熊本】上熊本駅舎が市電の駅舎に

古い駅舎が残るのは良いことです。
鹿児島本線上熊本駅は93年の歴史があるそうな。九州新幹線建設のために駅舎は解体されることになっていましたが地元の有志各位の運動が実って熊本市電の上熊本駅舎として再び活用されることが決まったそうです。
小泉八雲、夏目漱石ら文人縁の駅だけにその姿が残るのは嬉しい話です。わし自身は上熊本の駅に残念ながら降りたことがありません。汽車に乗るばかりの旅も楽しいですが、歴史を調べて駅を訪ねる旅もせねばと反省しています。
23日付毎日新聞オンライン版が上熊本駅移築のニュースを伝えています。

上熊本駅旧駅舎:93年の働きに感謝 集いに100人、コンサートなどで別れ /熊本

九州新幹線建設に伴う駅舎移築のため93年の歴史に幕を下ろした熊本市上熊本のJR上熊本駅旧駅舎で22日、「感謝の集い」があった。約100人が集まり、ジャズコンサートなどで別れを惜しんだ。
上熊本駅は1891(明治24)年に池田駅として開業。小泉八雲の「停車場にて」の舞台や、旧制五高(現熊本大)に赴任した夏目漱石が降り立ったことで知られる。旧駅舎は梁や柱など一部を生かし、ほぼ同じ外観で市電の上熊本駅舎として再利用される。
(中略)
旧駅舎は1913(大正2)年完成。漱石や八雲がいた時期の駅舎ではないが、明治・大正期の建築様式を今に残す建物として親しまれてきた。九州新幹線建設に伴い同駅前後が高架化されるため解体が決まったが、市民から保存・活用を求める声が上がっていた。【高橋克哉】
1月23日朝刊
(毎日新聞) − 1月23日17時45分更新

投稿者 うえの : 19:00 | コメント (2) | トラックバック

2006年01月21日

【兵庫】山陽電車で新年会

この日は仲間内の新年会。わしと友人の2人だけでひっそり執り行いました。当初横浜からも参加者ありの予定でした。この日関東は雪が降ったために残念ながら次の機会にということになりました。
午後に大阪駅で待ち合わせます。どこへ行こうかと話し合うと、友人は山陽電車の本線に一部乗り残している区間があるそうです。出来れば乗ってみたいとのこと。北海道の辺鄙な国鉄線には足跡をたくさん残している彼が足元の路線に穴があいているとは意外でした。わしは完乗していますが最後に乗ったのがいつか分からないほどの年月が経っています。記憶を新しくする願ってもない機会ゆえ賛成しました。
梅田からは阪神、山電乗り放題の阪神・山陽シーサイド1dayチケット(2000円)が発売されています。まさに乗り潰しのための企画乗車券です。今日はこれを利用して山陽電車の旅を楽しむことにします。
シーサイドとはハイカラな名前です。確かに須磨の辺りで沿線に海を臨む区間があるものの最初はなぜシーサイドなのかわからなかった。帰宅した後で山陽電車のサイトを見ると山陽電車という漢字の上に英語でSEASIDE EXPRESSと読み仮名が振ってあります。なるほど。納得はしていないけれど理解は出来ました。ところで「海岸急行」ではだめなのだろうか。海産物で有名な明石を通るから「蛸急行」でもよかろうに。なんでも英語っぽく表現すれば格好良く見えるだろうという考えはいかにも安っぽい。しかし「蛸急行」を「オクトパスエクスプレス」とすると「オリエントエクスプレス」っぽく聞こえなくはない。「蛸急行」よりはやはり格好いい。自論に自信がなくなってきた。
サンドウィッチと飲み物を仕入れて乗り場へ。梅田を13:30に発車する直通特急は阪神の車でした。転換式クロスシート車に腰を下ろすと心はすでに旅気分です。ただ居住空間は狭く安い作りの座席も京阪や阪急に慣れた体には少し物足りない。こうした文句を平然と言えるのはおっさんになってしまった証拠で、紅顔の美少年の頃は乗ることだけで楽しかった。今はすっかり厚顔の老醜親爺です。
それでも動き出せばやはり嬉しい。見慣れた尼崎などの沿線すら眺めて楽しい。阪神電車は比較的高架の割合が高く近代的な鉄道路線に思えます。11年前の大震災で大きな損害を蒙ったもののよくぞここまで復活しました。
特急とはいえ急行並みの停車駅で30分近くかけて三宮、元町の地下線へと入り、神戸高速鉄道東西線を経由していよいよ山陽電車の区間に入ります。神戸高速は線路だけを保有して山電と阪神、阪急が車両を走らせる珍しい形態の鉄道会社です。
特急なので山電の起点である西代駅は通過します。流れ去る駅名標を横目に乗り場のお客さんの数を数えると10人程度でした。板宿を過ぎて地上へ出ると山肌にへばりつくようにしてゆっくり走ります。適度な速度は適度な眠気を誘い、酒は飲んでいないのにほろ酔い気分です。この辺りが友人の乗り残していた区間だそうで、無事に完全乗車が出来ました。
沿線の中では比較的大きい明石を出ると田舎らしい風景になり、電車の速度も特急らしくなります。最高速度では山陽本線の新快速には及ばないにしても体感的には明石以西は結構速い。とんとんと東二見、大塩を経て飾磨に到着。飾磨駅からは網干線という新日鉄の工場がある広畑を経由して網干に至る長さ8.5kmのローカル線が分岐しています。友人が網干線を再訪するのはン十年ぶりとのこと。当時の記憶と今とを比べてどんな違いがあるのでしょうか。
よく見るまでもなく飾磨駅は前回に来た時とは少し様子が違っています。駅の出入り、乗り換えなどは構内踏み切りで行なっていたはずなのに今は陸橋を経由して線路を渡らずに移動するようになっています。網干線の電車は本線の上下線に挟まれる形で止まっています。構内を通っていた頃は本線が中寄りだった気がします。位置が変わったことによって本線から網干線への乗り換えが楽になりました。昔とはちょっと変わっていますな、などと昔話に花を咲かせつつ駅の周辺を少し散策してのち網干線電車に乗車します。3両編成の車内はほどほどに座席が埋まっています。
15:14に発車。単線の上を電車は飾磨の車庫を右手に眺め次の西飾磨までは高架を走って地平に降ります。夢前川を渡ると沿線は長閑の一言。住宅街や新日鉄の社宅らしき団地が点点と見えるほかは普通の田舎風景が続きます。途中、山陽天満で少々長めの行き違い待ちがあったほかは淡々と進み終点山陽網干に到着しました。友人曰く、昔とはあまり記憶に間違いはないそうです。半世紀を超えてあまり違和感がない沿線風景は貴重です。
山陽網干の駅前には簡便なバス乗り場があります。ここからは神姫バスが発着しています。バス停名は昔ながらの山電網干です。以前来た時はここから海が見えるところまでぶらりと乗ってみたことがあります。記憶はすっかり薄れていてどのバスでどこをどう走ったのかは忘却の彼方です。
このあとは姫路で姫路モノレールの遺構などを見て歩いたあとで明石にてようやく新年会となりました。明石で玉子焼きを肴にヱビスビールを飲むと少量でもすっかり酔い気分です。
山陽路は大抵新快速で急いで下る旅をしてしまいがちですのでこうしたのんびり旅行は新鮮でした。次回は同じ区間を普通電車で乗り通してみようと本気とも冗談ともつかない約束をして家路につきました。

投稿者 うえの : 23:59 | コメント (2) | トラックバック

2006年01月17日

【列車】出雲の雄姿にカメラ放列

寝台特急「出雲」の廃止が決まってからというもの、日本海新聞オンライン版によると撮り鉄が多数山陰の地に来ているようです。

鳴り響く「出雲」の汽笛 最後の雄姿にカメラ放列

JRが三月のダイヤ改正で廃止することを発表した、山陰と東京を結ぶ寝台特急「出雲」が疾走する雄姿を写そうと、鉄道写真の愛好家が連日、湯梨浜町内の撮影スポットでカメラのレンズを向けている。限られた時間を惜しむように、週末には県外からも大勢のファンが訪れ、「出雲」の汽笛とシャッター音が静かな田園にこだましている。

−湯梨浜の青崎踏切−
愛好家で連日にぎわっているのは、同町原の青崎踏切。東京駅を出発した「出雲」は、午前八時半ごろに、同踏切に差し掛かる。
踏切の手前は倉吉駅方面に向かって緩やかな左カーブになっているため、「DD51」と呼ばれる赤いディーゼル車両でけん引するブルートレインが、ファインダー越しに迫って来る迫力のある写真が撮影できる。周辺は水田や畑が広がり、障害物もないため、鉄道ファンの間では有名な撮影スポットだという。
今月七−九日の三連休中には、踏切近くの道沿いに「横浜」「三河」「相模」「神戸」など県外ナンバーの車がずらり。連日二十人近くの鉄道愛好家が集まった。
東京都練馬区の会社員、内藤一暁さん(35)は、「廃止になる前に撮影しておこうと思い来た」と、カメラ二台とビデオ一台を用意して「出雲」が姿を現すのを待ち構える。「新幹線網の発達でブルートレインは年々廃止され、赤いDD51のディーゼル車両でけん引しているブルートレインは出雲が最後。なくなるのはやはり寂しい」と存続を願う。
「出雲」に二度乗ったこともある兵庫県香寺町の会社員、橋本秀樹さん(56)は「懐かしい車両で昔通りの景色が頭をよぎり、乗ったら愛着も出る。以前から廃止のうわさはあったが、それが現実になってしまった」とぽつり。
三重県明和町から祖父と一緒に訪れた高校三年生、永富健介さん(17)も「何と言っても青の車列をけん引している赤い車両が魅力。もっと走ってほしいけど、残念」と肩を落としながらも、真剣な表情でシャッターを切っていた。

「新幹線網の発達でブルートレインは年々廃止され、・・・。なくなるのはやはり寂しい」
廃止と聞くとずいぶん沢山撮影に来るようですが、そのうちの何人が実際に当該列車に乗って廃止阻止に向けて貢献したのかしら。記事だけ見れば県外からの車がいっぱいだという。車で来る金とヒマがあるなら列車に乗って来ることは考えないのかな。撮影現場が不便だから車でないと無理。そんな理由もあるでしょう。が、別に「出雲」に乗らなくとも他の列車でもよい。鉄道は乗客を運んでなんぼである。眺めてもらうために走っているのではない。今回の「出雲」に限らず、格好いい汽車の写真がいつまでも撮りたいのであればそれを被写体として残せるよう何らかの貢献はしたほうが良い。列車に乗るに越したことはないが近くの駅で記念に切符を買っても良い。いくらかでも鉄道側にお金を落とすことをしないと線路そのものが存続の危機に陥るのはすでに歴史が証明していることです。お金は落とした結果存続につながらなかったとしても気分としては何か良いものが後に残ると思います。

■参考リンク
▼日本海新聞:永田町の風−「出雲号」への思い −石破 茂−(12/11)
▼日本海新聞:永田町の風−続「出雲号」への思い −石破 茂−(01/15)

投稿者 うえの : 20:25 | トラックバック

2006年01月16日

【長崎】松浦鉄道・福井川橋梁は竹筋橋の可能性

耐震強度を偽装して喜ぶ反社会的人間がいるかと思えば、知恵を絞って独特の建築物を作る人もいます。前者は恥ずべき犯罪者として後世に名を留め、後者は知恵者としてその功績が語り継がれます。
長崎県でこのたび大東亜戦争中に作られた鉄道橋に意外な材料が使用されているのが分かりました。戦争遂行のための資材が不足しており、軍が鉄の供出を命じていた頃です。
橋の上を重い列車を走らせるには頑丈なコンクリートと鉄筋が不可欠と思いがちのところをこの長崎県の松浦鉄道にある福井川橋梁は竹が鉄筋の代用とされているらしいのです。
松浦鉄道にはずいぶん昔に乗っていますがそんなことは当時はもちろん知らないことでした。假令知っていたにせよビール片手に昼行灯よろしく車窓を眺めているようでは全く気付くこともなく旅を終えていることでしょう。生まれてこの方、乗って撮って楽しむだけの鉄道旅行が多かった点を反省して歴史的な側面もいろいろ調べて汽車旅を楽しみたくなってきました。
以下、16日付け産経新聞オンライン版の記事から抄録します。

竹でできた橋!?大丈夫 長崎・佐世保 戦時中に建設

≪「先人の工夫」調査へ≫
長崎県佐世保市のコンクリート製の鉄道橋「福井川橋梁」に鉄筋の代用で竹が使われている可能性のあることが分かり、列車を運行する第三セクターの松浦鉄道工学院大が二月上旬に橋に小さな穴を開けて「先人の工夫」について調査することになった。安全性に問題はないといい、松浦鉄道は、竹であることが確認されれば“竹筋橋”としてPRしたい考えだ。
橋は物資不足の太平洋戦争中に旧鉄道省が造ったもの。工学院大の研究者によると、同時期に鉄道省が造った熊本県小国町の幸野川橋梁も同様の“竹筋橋”だが、路線が廃線となり列車は走っていないという。
福井川橋梁は、佐世保市吉井町の福井川に架かり、長さ七十九メートル。川からの高さは二十二メートルで、美しい三連アーチ橋として鉄道ファンの間では知られている。
地元の地域おこしの一環として鉄道に関する話題を集めたところ、昭和十七年の建造時を知るお年寄りから「鉄筋ではなく竹を組んでいた」との証言が寄せられた。
建造の前年には金属類回収令も公布されており、竹で鉄筋の代用をしたとみられる。調査に協力する工学院大の玉井孝幸さんは「建築資材がない時代の技術者がいかに困難を克服したかを調べたい」と話している。
【2006/01/16 大阪夕刊から】
(01/16 16:24)

■参考サイト
▼土木学会図書館「3.鉄道、トンネル」
▼土木学会図書館「戦前絵葉書 4.鉄道省−1」
▼土木学会図書館「戦前絵葉書 4.鉄道省−2」

投稿者 うえの : 19:45 | トラックバック

2006年01月13日

【九州】来年春をめどに喫煙席を廃止

13日付け読売新聞の記事から。

JR九州が喫煙席全廃へ、一部特急は喫煙ブース検討

JR九州は、2007年3月をめどに列車の喫煙席を全廃する方針を明らかにした。
健康志向の高まりに加え、車内での煙害を指摘する乗客の要望に応えることにした。JRグループではJR北海道に続き2社目になる。
普通列車と、乗車時間が約40分と比較的短い九州新幹線「つばめ」と特急「はやとの風」はすでに全席禁煙となっているが、大半の特急には最低1両の喫煙席が残っている。
ただ、小倉、大分と宮崎を結ぶ特急「にちりん」は乗車時間が比較的長いため、「ゆふいんの森」といった観光列車などと同様、デッキに喫煙ブースなどを設けるか検討している。
(2006年1月13日14時49分 読売新聞)

煙草を吸う人にとっては哀しいお知らせです。
九州旅客鉄道では来年の春をめどに喫煙席を全廃する方針だそうです。国鉄分割民営化後他社に先駆けて九州は特急列車のほとんどを禁煙車主体の編成にしてしまった会社です。分煙化が徹底されて10有余年の歴史があるため比較的容易にこうした方針は受け入れられそうに思います。しかしながら「全面的に」という規則は時に破られやすいものでもあります。列車は航空機のように厳しい規制の下に運転されていない面もあり禁煙車で喫煙する確信犯が出てくる可能性はあるでしょう。記事にあるように運転時間が長い列車と観光列車だけに喫煙所を設けるのではなく、どの列車にもこれまでの喫煙車の車端にでも喫煙空間を設けて逃げ道を作っておくと要らぬ摩擦も避けられるでしょう。民営化後に走り始めた783系(ハイパーサルーン)のように車の中央部に出入り口を設けて左右の客室で喫煙・禁煙と分けてしまうようなやり方など有効に思えます。
世の中は禁煙志向に流れているがゆえに企業としてそれなりに対応せねばならないのは分かりますが、願わくはやりすぎぬように・・・。逆に萌えキャラのハイパーレディ的接客嬢が旅のお供をして「お客様、お付けいたします」と煙草に火をつけてくれるようであれば、いや、それは妄想というものです。

投稿者 うえの : 22:39 | トラックバック

2006年01月12日

【山口】下関駅から振鈴が見つかる

身勝手な放火常習犯によって燃え盡きた下関駅。燃えた跡から貴重な品が見つかりました。列車が発車する際に使われた振鈴(しんりん)という手で振る鐘で、開通当初は私鉄だった山陽鉄道の時代から伝わるものなのだそうです。残念ながら木で出来ていた取っ手部分や収めていた箱は焼けてしまいました。復元されることになっており、さらに後世に鉄道の歴史を伝えてくれる名品となりそうです。
以下、12日付け毎日新聞の記事から抄録します。

下関駅放火事件 明治後期のハンドベル「振鈴」見つかる

山口県下関市の下関駅放火事件で焼失した駅舎のがれきの中から、明治時代後期に列車の発車を知らせていたハンドベル「振鈴」が見つかった。木製の箱や取っ手は焼失したが、金属製の鐘部分は黒焦げになりながらも「ガラーン」と再び心地よい音を響かせ、関係者をほっとさせた。
振鈴は高さ39センチ、直径19センチ、重さ3.4キロ。1901年、山陽鉄道の神戸−下関間開通当初、馬関駅(翌年、下関駅に改称)に用意された。発車5分前に待合室で、1分前にはプラットホームで「ガラーン、ガラーン」と大きな音で鳴らされた。乗客が少なかった明治時代には「『客足らん、客足らん』に聞こえた」と伝わる。電気ベルが導入された12年ごろまで使用された。現在、実際に使われていた振鈴はほとんど残っておらず、極めて貴重だという。
普段は、全焼した駅舎北側の駅長室に保管していたが、火の回りが早く、持ち出すことができなかった。駅員らは警察の実況見分が終わった10日午後、駅長室付近を探し、1〜2メートル積もったがれきの下に、30センチほど堆積していた灰の中から振鈴を見つけた。同駅は専門業者に修理を依頼し、元の姿に戻す予定という。
「下関駅物語」などの著者で元下関駅員の斉藤哲雄さんは「見つかって何よりだが、木箱が燃えてしまったのは残念。大切に保管して欲しい」と話した。下関駅長も務めた下関地域鉄道部の中山五郎部長は「元の姿に戻し、市民の皆さんに見ていただきたい」と語った。【青柳聡史】
(毎日新聞) − 1月12日10時11分更新

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2006年01月11日

【宮崎】高千穂鉄道から高千穂神話鉄道へ

高千穂鉄道に関してその後の動きを11日付毎日新聞が報じています。

高千穂鉄道:受け入れ会社、社名は仮称「高千穂神話鉄道」 /宮崎

存続を断念した第三セクター「高千穂鉄道」の受け入れ会社設立のための「走れトロッコ列車準備室」の2回目の会合が10日、高千穂町であり、会社名を仮称「高千穂神話鉄道」とすることを決めた。また、町商工会▽同観光協会▽高千穂地区農業協同組合▽西臼杵森林組合▽高千穂地区建設業協会▽町旅館業組合――の6団体の長による発起人会を19日に開くことも決めた。
1月11日朝刊
(毎日新聞) − 1月11日17時51分更新

仮称からみてこの鉄道の使命は観光目的に絞るということでしょう。通勤・通学目的なら効率が良いバス輸送に任せてしまう。ここはひとつゆとりある大人が「味わい」を感じられる観光鉄道として甦って欲しいところです。神話の里という立地を活かして日本の未来を考えるための政治的、経済的シンポジウムの開催地として使えるような場所であってもよい。
なにはともあれ良い方向へ動くといいですね。

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2006年01月08日

【列車】西日本が強風時の規制を強化

7日付け読売新聞オンライン版の記事(後段に抄録)によりますと、西日本旅客鉄道が羽越本線での強風による脱線転覆事故を受けて、強風時に運行を取りやめる規制値を引き下げる方針です。
西日本の管内ですと比良山系に沿って走る湖西線が山から吹き降ろす風の影響でよく運転が止まります。優等列車は全て米原経由で運転されるため北陸地方との連絡については所要時間が若干延びる程度で問題が少ないものの湖西線内だけを走る普通列車などは堅田から先の近江今津くらいまではほぼ動かなくなる恐れが多くなります。以前貨物列車が脱線してしまったこともあるため鉄道側は湖西線では特に慎重な対応を考えていることと思います。沿線住民の方々にとって風が強く吹くシーズンは気象情報と運休のお知らせに要注意です。
なにはともあれ規制値の設定も大事ですがその数値にとらわれず現場のその時の状況に応じた安全運転が柔軟に行なわれますよう祈るのみです。

風速25mで在来線の運行停止、JR西日本が規制強化

羽越線の脱線事故を受け、JR西日本は6日、在来線を対象に、運行を停止する風速を秒速30メートルから25メートルに引き下げるよう、運行マニュアルを改定した。
羽越線事故では現場付近の風速計が規制値を下回っていたのに脱線したとみられるため、規制の見直しが必要と判断した。マニュアル改定は、1986年12月に山陰線余部鉄橋で列車転落事故が起きて以来、19年ぶり。
JR各社は国鉄時代の基準を踏襲し、風速が秒速25メートル以上で徐行、30メートル以上で運行停止と定めていた。
(2006年1月7日11時19分  読売新聞

※文中斜体部分につきまして湖西線ではすでに風速25m/secで抑止をかけているというご指摘のコメントを頂きました。ありがとうございます。

投稿者 うえの : 11:51 | コメント (4) | トラックバック

2006年01月07日

【山口】下関駅が火災

最初、ニュースを聞いた時は信じられませんでした。たった一人の老人がちっぽけなライターで火を付けただけで巨大な施設が燃えてしまう。燃えた下関駅はただの施設ではなく不特定多数のお客さんが利用する公共の駅です。火付けの犯人はむしゃくしゃしていたという自分勝手な言い訳をしているようです。この火災で夜行列車が途中で運転を打ち切るなど、列車自体の運転出来ない状態で運休区間はバスによる代替輸送で対応しているそうです。
犯人のジジイは74歳ゆえ「高齢だから」というしょうもない理由で裁判所が甘い判決を出さないとも限らない。公共物を傷付ける行為は年齢性別にかかわらず厳しく処罰して欲しいです。
なお下関駅は1999年に上部康明(死刑判決を不服として控訴中)という男が駅前とコンコースをレンタカーで暴走して人をはね、その後乗り場へ侵入して包丁で殺人を犯すという事件が起こっています。

▼読売新聞「下関駅舎、放火で全焼…住所不定の74歳男を逮捕」
『7日午前2時ごろ、山口県下関市竹崎町4、JR下関駅横のJR所有のプレハブ平屋倉庫付近から出火。隣接する木造一部2階建ての駅舎や運転士が宿泊する鉄筋4階建ての乗務員センター、周辺の飲食店3棟に延焼し、倉庫と駅舎部分を全焼するなど計約4000平方メートルを焼き、約3時間後に鎮火した。けが人はなかった。
県警下関署は同日、住所不定、無職福田九右衛門容疑者(74)を現住建造物等放火容疑で逮捕した。
調べに対し、福田容疑者は「空腹でむしゃくしゃし、うっぷんを晴らすためにやった。倉庫付近で、ライターで紙に火をつけた」と供述している。』

以下リンク先参照のこと

投稿者 うえの : 18:13 | コメント (4) | トラックバック

2006年01月06日

【京都】梅小路で鉄道模型運転会

汽車が好きな人であれば大抵の場合は子供の頃に鉄道模型で遊んだことでしょうし今でものめり込んでいる人も多いでしょう。
このところ恒例となっている梅小路蒸気機関車館での運転会が今年も行なわれます。関西圏の方、この時期にご旅行の方は一度覗いてみてはいかがでしょう。5日付け京都新聞電子版の記事(抄録)に運転会のことが紹介されています。

新春「鉄道模型の運転会」が人気定着 下京・梅小路蒸気機関車館

京都市下京区の梅小路蒸気機関車館で行われている鉄道模型の運転会が、子どもたちの人気を集めている。定期的に開いているイベントだが、3年前から新年の開館に合わせて始め、今では新春の恒例行事としてすっかり定着している。
運転会は、鉄道友の会京都支部長だった故宍戸圭一さんの遺族から梅小路蒸気機関車館に模型が贈られたのをきっかけに、鉄道模型の愛好家らが1997年から定期的に開いている。
2003年から、新年の開館の4日に合わせて実施したところ、旅行や里帰りの親子連れが多く訪れ、今ではすっかり人気イベントになった。
模型は、実物の約80分の1の大きさで、レールは長さ150メートルある。新幹線と蒸気機関車をレバー操作で動かすことができる。
帰省を兼ね、3歳の長男と訪れた埼玉県の風野祐一さんは「子どもが模型を好きなので、ありがたい」と話していた。
1月は7−9日、28、29日に実施する。入館料が必要。問い合わせは梅小路蒸気機関車館Tel:075(314)2996。
(京都新聞) − 1月5日22時29分更新

投稿者 うえの : 08:57 | トラックバック

2006年01月03日

【宮崎】高千穂鉄道/「官官」体質が蹉跌の一因か

存続の訴えも虚しく廃止が決定された高千穂鉄道。その後の報道が年末31日付け毎日新聞オンライン版の記事に出ていましたので抄録します。

照る葉:’05ワイド 官官経営のツケ /宮崎

会社清算を決めた県などの第三セクター「高千穂鉄道」。9月の台風14号被害がきっかけだったが、88年の設立以来、17年間、毎年続いた赤字経営の“ツケ”が廃止の流れを作ったといえる。
私自身、3年前に延岡市内に勤務していたが、高千穂鉄道を一度も利用しなかった。車の方が高千穂に早く着くのが理由だ。今となれば「観光ででも乗っておけばよかった」と悔やまれる。
存続派の主な主張は、赤字であっても「公共の足」である鉄道は守るべきだ▽観光トロッコ列車の乗客は増えており、将来性はある――などだ。
一方、会社側の説明は、復旧費など今後10年間の経営負担約40億円の大半は県や沿線市町が公費で賄わなければならず、将来に多額の負担を残す▽観光客は増えているが、通勤・通学などを含めた総乗客数は減少傾向――と否定的だ。
社長である黒木睦郎・高千穂町長も会見で「『官と民』の三セク経営ではなく、自治体と国鉄時代の手法を引き継いだ会社との『官と官』でやってきた。甘い体質だったと反省している」と、苦渋の表情で語った。
自動車社会の進展など「時代」の影響も大きいが、経営陣の責任は重い。三セク清算後も、民間経営による部分運行を目指す動きも出ている。
「官官」の轍を踏まないような斬新な計画を期待したい。
12月31日朝刊
(毎日新聞) − 12月31日17時50分更新

一般に役人が何かを経営すれば必ずといっていいほど赤字になってしまいます。経営の能力があるかないかという議論以前に「限りある税金」という概念がなさそう。赤字であっても税金で穴埋めできる。失敗しても責任は取らなくてよい。経営上の失敗を追及されても誤魔化すなり「ご理解いただく」なりすればよい。クズ役人にとってお金は「稼ぐ」もののではなくどこからか自然にわいてきて「貰える」ものである。そんな風に考えているとしか思えないです。ガキが親から貰った1万円を惜しげもなくつまらんことに費消してしまうのと全く変わりはない。使ったあとで少々悔やむがさりとて自分で1万円を稼ぐ努力はしたくない。また親なり誰か他の人が金をくれるのを待っている。借金しても親が払ってくれるからとのんびりしていたけれど、最後の最後でなにも出来なくなって「やーめた」。後は誰か何とかしてね。
真面目に取り組んでいた役人ももちろんいるでしょうけれどしっかりするべき「上」が情けないのではどうしようもないです。時代劇などを見ているとクズはどんどん斬られて悪は消えていくけれど現実の世の中は悪人こそが大手を振って歩く。世の中のためと斬って捨てればこちらの手が後ろに回る。ならば勧善懲悪の考え方は全くの白昼夢でしかない。
今回の高千穂鉄道の一件は官の失態を見せてくれただけでなく民間にも犇く「マズい」企業への警鐘でもあります。

投稿者 うえの : 09:27 | コメント (2) | トラックバック

2006年01月02日

初春雑感

この年末年始にかけて東日本旅客鉄道を利用した乗客にとっては災難が続きました。
耶蘇教徒(でなくても)が降誕祭で浮かれる日に羽越本線で強風により特急列車が脱線したかと思えば、元日早々上越新幹線では架線が切れるという異常により運転が止まってしまいました。厳寒地帯を走る路線なのに暖房が切れた車内でしばし待たされた乗客の気苦労はいかばかりであったでしょう。
ここ何年かは鉄道のみならず航空でも細かい事件や事故が相次いでいます。このまま適当な危機管理を続けていてはいつかはもっと巨大な事故が起こりかねません。今年は「お客様」を運ぶ業種に携わっておられる方々今一度初心に返って可能な限りの安全運行(運航)をお願いしたいです。

▼産経新聞「上越新幹線3時間ストップ 越後湯沢―長岡間で停電」
▼毎日新聞「山形特急転覆:脱線時にダウンバーストもたらす大型積乱雲」

投稿者 うえの : 11:31 | トラックバック

2006年01月01日

【御挨拶】謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
今年もあまり暇がなさそうな気配ですが、乗りたい汽車は数多く、雪の影響さえなければ富山港線で昨秋に復活した国鉄色475系に乗ってみたいです。あちこちから情報を拾ってみると朝夕のラッシュ時に走っているらしい。とすれば日帰りで乗れるとすれば夕方の時間帯ですか・・・。冬の日は短いので写真はうまく撮れないかも知れません。
そうした心配は出かけることが出来てからですね・・・。富山港線自体がこの春以降別会社化となるので惜別乗車もしておきたいのに、・・・とても無理っぽいです(涙)。
なにはともあれ今年が実り多き一年でありますように。

投稿者 うえの : 14:09 | トラックバック